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オスト・フリューゲル 第一話: 欧州の空 2017-01-05 17:00




第一話: 欧州の空


 1943年11月10日・ポーランド――
 ベルリンの東部270キロに位置するポズナンは、中世ポーランド王国時代の最初の都市という歴史ある街だった。
 今、その上空には、9機のJu87G1カノンホーゲルと、その直援をする同数のメッサーシュミットBf109Gが飛翔していた。
 ここは東部戦線の最前線からは遙か遠く、彼らが狙うべきソ連軍の姿は見えない。
 だが、ここに彼らの獲物はいた。

「見つけた!」

 カノンホーゲルの隊長機――第2急降下爆撃航空団第Ⅲ飛行大隊長のルーデルは、後部座席に座る相棒のヘンシェルに声をかけた。
 ヘンシェルもルーデルの声に彼が指し示す地上を見て頷いた。
 そしてルーデルは機体を揺らし、標的発見の合図を全員に送った。
 彼らの標的。信じられないことに、それはⅣ号戦車やSd-Kfz251ハーフトラックなどのドイツ軍車両と、
 T34戦車などのソ連軍車両の混成部隊だった。
 ただひとつドイツ軍やソ連軍と異なることは、所属軍を示すマークが青い四角ですべて塗りつぶされていることだった。

「いくぞ!」

 9機のカノンホーゲルが風を切って急降下を開始する。
 直援のメッサーシュミット群は、地上軍を攻撃する彼らを護るために周辺警戒に当たっていた。
 その中の一機に、日本人パイロットが搭乗していた。
 彼の名は犬神京一少尉。ドイツ語を流暢に話せることから、山下陸軍大将から秘命を受け、
 特務として派遣された大日本帝国陸軍航空部隊のパイロットだった。
 地上に37ミリの砲弾をバラ撒き、戦車たちを血祭りに上げて行くカノンホーゲルの群を見ていた京一の耳に無線の声が届いた。

『遅れていた客が来た。これより無線封鎖解除。ルーデル、上空にも目を向けとけよ』

 笑い混じりのドイツ語の声。それは、機首に黒い三角が連なるマークを刻んだBf109Gを駆るエーリヒ・ハルトマンの声だった。
 しかし、ルーデルは無線を意に介した様子もなく、地上に猛攻を加え続けていた。
 ハルトマン、そして京一たちBf109G飛行隊の任務は、どんな犠牲を払ってでも、東からやってくる航空機の群れから彼ら――
 正しくは、ルーデル機を護ることだった。

『ハートのFw190が見える。どうやら、ノヴィはあっちについたらしい。自分を墜としたアヴデエフのYak7Bと仲良くしている姿は見物だな』

 ヴォルホフストロイの虎の異名を持つエース――ノヴィことワルター・ノヴォトニーの愛機を見つけたというのに、無線から流れるハルトマンの
 声は陽気に聞こえた。

『ヤーパン・フント。虎に食われるなよ。戦闘開始!』

 ヤーパン・フント――それは、ハルトマンが京一の名字からつけたあだ名だった。直訳すれば日本の犬だ。
 京一はそれに無言のまま応じず、ただ機を加速させた。
 敵機の群が近づいてくる。こちらも青い四角で所属軍マークを消した独ソ混成軍だった。
 その先頭を飛ぶ2機の戦闘機の1機――Yak7Bは、独軍エースのノヴォトニーをエストニアの空で墜としたソ連空軍エースの1人アヴデエフ
 が駆る。そしてその隣に並んで飛ぶ1機のFw190は、世界初の250機撃墜を記録した独軍きってのエース、ノヴォトニーだった。

『奴は陸上勤務に嫌気がさしたんだろうさ。虎を檻に繋ぐとは、バカな総統閣下だ』

 無線から冗談めかしたルーデルの声が聞こえてきたが、その瞬間、両軍の戦闘機は接敵した。
 機銃弾が乱れ飛ぶ中、京一は機体に捻りを加えつつ砲撃を開始した。
 機首の20ミリ・モーターカノンの反動で機体に微妙な揺れが加わるが、Bf109Gは機嫌を損ねることなく京一の命令に従って飛行する。
 彼が乗ってきた日本軍機よりも遙かに安定した操作感だった。
 すれ違い様に1機のYak1が火を吹き墜ちていった。
 すぐさま京一は機体をループさせて上昇した。そして、風防越しに黒煙の染みが広がりはじめた空に目を向ける。
 一見すると同士討ちの世界だった。
 Bf109GとFw190が撃ち合い、そこに割って入るようにYak7BやYak1が入り交じっている。乱戦も良いところだった。

「俺の狙いは……おまえだ!」

 上空高く機体を上げた京一は、太陽を背にして急降下を開始した。
 狙うは1機のBf109Gに、2機のYak1と1機のFw190で襲いかかっている3機だった。
 機首に供えられた2門の13ミリ機銃。そして20ミリ・モーターカノンのトリガーに指をかける。
 太陽を背にしているために3機は京一のBf109Gの接近に気づいていない。
 その影が風防に落ちた時、すでに死の天使の告知は終了していた。
 3条の曳光弾の軌跡が最初の獲物Yak1を横切った直後、機体から炎を吹きだしてそれは爆散した。そのまま京一は機を捻り込み、
 機首を上げて先を進むFw190の腹面に照準を合わせる。
 照準器の反射ガラスに浮かぶ照準環の中にFw190を捕らえた瞬間、砲弾を放った。
 重い震動とやや重い震動。異なるふたつの震動が機体を揺らす。
 接近しすぎているために引き裂いた破片と細かい油が飛び散り、風防を叩いていく。

「硬いな……」

 Yak1と異なりFw190の装甲は硬い。
 腹を裂かれたFw190は煙を出しつつも、まだ飛んでいた。それどころか戦う意志を失わず、飛び抜けた京一のBf109Gの背を取ろうと
 機首を向けてくる。

「空の騎士は逃げないんだな」

 京一は操縦桿をきって機体を横滑りさせた。追ってきたFw190はYak1と組んで京一を追い詰めようとする。
 急降下して地表スレスレで上昇をかければ、被弾して機体バランスを崩しているFw190は地表に激突させられるだろう。
 だが、軽量で機敏なYak1は追ってくるだろう。
 しかし、迷っている暇はない。
 とにかく振り切らねばと操縦桿を倒して急降下を仕掛けた矢先、その背後に迫っていたFw190とYak1が、
 脇からの機銃砲火を受けて火を吹き、爆散した。
 振り返るとそこには、黄色で44と描かれたソ連軍機Yak1とその僚機が並んで飛んでいた。
 黄色の44番は味方だと翼を動かして京一に合図を送った後、次の獲物を探して交戦空域に飛び込んで行った。

「コサックが……助けてくれたのか?」

 京一は安堵し、大きく息を吐き出して昂ぶった気持ちを抑えてから、2機のYak1の後を追うように交戦空域に機首を向けた。

 1943年10月31日――
 それはハロウィンの日だった。連合国そして枢軸国が争う世界大戦ただ中のその日、世界は未曽有の危機に落とされた。
 突如として各国軍の一部が同時武装蜂起し、新世界政府の成立を叫び、革命を起こしたのである。
 世界10月革命軍――あるいは、新世界政府革命軍と呼ばれるこの武装蜂起軍を鎮圧するため、連合国・枢軸国は争うことを一時棚上げし、
 この謎めいた革命軍との交戦を宣言し、一時休戦協定を締結した。それは謎めいた革命軍が、国という立場を乗り越えて連合を組んでいることが
 発覚したせいでもある。
 そして一時休戦協定を結んだ直後の開戦が、この11月10日のポーランド上空の戦いだった。

 後に太陽を呑み込む魔狼マナガルムの化身と恐れられる日本人、犬神京一の欧州初陣がこの戦いでもあった。