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オスト・フリューゲル 第二話:飛べない燕とスターリングラードの白百合 2017-02-06 10:50




第2話:飛べない燕とスターリングラードの白百合


 ポズナン郊外には、臨時に作られた大型飛行場があり、そこが犬神京一たちの基地となっていた。
 ポズナン上空で新世界政府軍と戦った京一たちは、傷ついた機体を労りつつ、そこに降りていった。
 滑走路に着陸し、京一を出迎えた整備兵たちは、欧州であるにもかかわらず、すべて日本人だった。

「お疲れ様です! 犬神少尉!」

 風防を開いた京一を出迎えた整備員たちは、油で汚れた帽子を取って彼に敬礼した。
 京一はそれに苦い顔をしつつ、敬礼を返した。
 本国での京一の階級は准尉だった。欧州に赴任するにあたってドイツ人たちに見下されないようにという配慮から、
 出立の朝、送り出される潜水艦に乗る桟橋の上で、少尉の辞令を受けたのである。
 少尉と言われてもまったく実感はなく、そうした事情から、本国に戻ったら降格される恐れもあった。
 苦笑いのひとつもしたくなるというものだ。

「改良の目処はつきましたか?」

 整備員に対して、京一の物腰は低く、威張り散らすことがない。そのため、整備員たちも気さくに話しかけ、同時に敬意も払っていた。

「それが……まったく……」

 整備長は、申し訳なさそうに肩を竦めて、背後にある格納庫を振り返った。
 格納庫の暗がりには、シートに覆われた飛行機の胴体部分が、ひっそりと眠っていた。

「そう……ですか」

 京一は少し残念そうな顔をしつつも、気にするなというように整備長の肩をポンと叩いた。
 京一と彼を出迎えた6人の整備員たちは、ここにはいない数名の技術者たちとともに、
 ある秘命を帯びてドイツに派遣されていた。
 その秘命とは、三式戦闘機『飛燕』の改良だった。

 ダイムラーベンツの航空エンジンDB601のライセンス生産に成功したことにより、試作生産が始った三式戦闘機『飛燕』だが、
 本来予定していた出力を発揮できない悩みを抱えていた。そこで日本帝国陸軍首脳部は、ライセンスエンジンのハ四〇の問題点の発見と改良、
 そして飛燕自体の試作改造のために、整備兵と技術者、そして試作機のパイロットとして京一をドイツに派遣していた。
 そして試作機としてドイツに運び込まれた機体は、試作二型飛燕(キ61-Ⅱ改)だった。
 ドイツの技術者たちの検査の結果、飛燕の様々な問題点が洗い出された。和製メッサーシュミットとも言われた飛燕には、
 Bf109が抱えていた問題と同じものが随所に見られ、また日本の技術不足からくる問題も存在した。
 なによりも、すでにドイツでは、Bf109にはDB601エンジンではなく、
 その発展型であるDB605エンジンが搭載されたものが配備されていたのである。

 結局、このドイツに運び込まれたキ61-Ⅱ改・飛燕には、ハ40の改良エンジンではなく、DB605エンジンを搭載することとなった。
 そのため、技術者や整備員たちは、飛燕のボディを改造することとなり、飛燕は瞬く間にバラされた。
 ドイツにきて早々に搭乗する飛行機をなくした京一は、新たな飛燕が出来上がるまでの間、DB605エンジンに慣れるために、
 同じエンジンが搭載されたBf109Gで操縦訓練をすることとなったのである。

 そして、この味方同士が相争う、新世界政府との戦争が勃発した。
 同盟国であるドイツ第三帝国に居候の身である京一たちは、黙ってこの戦いを見ているわけにもいかず、
 京一は操縦訓練のために与えられたBf109Gを駆って、欧州の空を飛ぶこととなった。
 その最初の戦闘が、このポズナンに迫っていた新世界政府軍を撃破した先の戦いだった。
 自分が搭乗したBf109Gを格納庫にしまう手伝いをしようと、京一がBf109Gを振り返ると、目の前に金髪の美少女が二人立っていた。
 彼女たちは、ソ連空軍の飛行服に身を包み、第586戦闘機航空連隊のマークをつけていた。
 生意気で勝気そうな顔をした少女が、ズイッと一歩踏み出し、挑発的な目線を京一に向けた。

「ワタシが助けた、おまえか?」

 たどたどしいドイツ語だったが、充分に聞き取れる言葉だった。

「俺を……助けた?」

 なにを言っているんだ? と聞き返しかけた時、京一は上空で自分を助けたYak1を思い出した。

「あの、黄色の44番?」

 驚きを隠せない京一に、少女は得意気な顔をして、さらに挑発的な笑みを浮かべた。

「おまえ、ヘタだな」

 京一はさらに面くらい、彼女に同行して後ろから見ていたもう一人の少女が、あわてて彼女の肩をつかんだ。
 早口のロシア語で、なにか注意をしている様子だが、京一やその場にいた整備員たちには、なにを言っているのかさっぱりわからなかった。
 だが、だいたいの内容は、肩をつかんだ少女の表情から予想できる。失礼なことを言うなと注意しているのだろう。

「キミの、名は?」

 京一は少女にわかりやすいように、ゆっくりとドイツ語で訊ねた。

「ワタシの名、リディア・リトヴァク。こっちの女、は、エカテリーナ・ブダノワ。おまえは?」

「キョウイチ・イヌガミ」

「キョイチ? キョイチ……キョイチ……。キョイチ、レフ・シェスタコフに、手を出すな。ワタシの、エモノ」

 リディアはそれだけ言うと、もう一度挑発的な笑みを浮かべ、京一に背を向けてスタスタと歩きはじめた。
 エカテリーナは迷惑そうな顔をしながら見送り、あわてて京一に頭を下げて、そしてリディアの後を追った。
 京一の隣ですべてを聞いていた整備長は、眉間にシワを寄せながら、立ち去って行く二人を見送った。

「えらいベッピンさんですが……小生意気そうですな」

「あの女は、なにを言っていたんだ?」

「おそらく、レフ・セスタコフというパイロットは、自分の獲物だから、手を出すなと言ってきたのでしょうね」

「ロシア人同士で戦うのか?」

「おそらく、ソ連も新世界政府とやらに、悩まされているんでしょうね」

「なるほど……」

 そう納得したように頷き、京一は立ち去るリディアの背を見送った。
 彼女――リディア・リトヴァクが、『スターリングラードの白薔薇』
 あるいは『スターリングラードの白百合』として恐れられている女エースであることを、京一はまだ知らなかった。