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オスト・フリューゲル 第三話:高潔な黒い悪魔 2017-03-06 14:46




第3話:高潔な黒い悪魔


 飛燕がここに運び込まれた時、ドイツの技術者たちは頭を抱えた。
 日本が考えたメッサーシュミットBf109の亜種にしか見えない飛燕を、ドイツの手でマトモに使えつつも、
 さらに凶暴なものに変質させる計画。これには技術者として、少なからず興味を抱いた。しかし、しょせんは他国の機体だ。

 この持ち込んだ試作二型飛燕(キ61-Ⅱ改)に限り、提示した予算が許す限り、無条件に改良して欲しいという日本側の注文。
 機体を持ち帰って解体し、観察研究するつもりなのがありありと見えた。
 DB601エンジンの技術供与の時、当初、ドイツ側はこのエンジン提供に難色を示していた。
 正しくは、メーカーはそれを拒否したかった。しかし、ヒトラーが余裕のある支配者の姿を見せようとした結果、
 メーカーは無理矢理供出させられたに等しかった。
 今回の飛燕の改造は、ヒトラーが見せた甘い顔にすがりつく、新たな技術供与のおねだりでしかない。
 しかし、莫大な研究資金が日本から提供されることは、技術者たちには魅力だった。

 この飛燕のカスタマイズは、確実にBf109の新型に還元できる。
 いや、そうなるように、ドイツ側の思惑に沿った形で進めればよいことだった。
 また、DB601ですら、日本は完全に真似することができなかった。
 ならば、新たな605系エンジンを搭載しても、日本はまた真似することはできない。
 これを機会にドイツの技術力を見せつけ、日本など劣等民族でしかないという意識を植え付けてやれという政府の意向もあり、
 技術者たちは、渋々と全面的な協力を行うこととなっていた。

 技術供与の件はそれで解決したが、改造における最大の問題ある要望は、
 飛燕に37ミリ・モーターカノンを搭載するという、バカげたものだった。
 現在のBf109搭載のモーターカノンは20ミリ砲だ。その倍近くもある機関砲を、
 Bf109ほどの剛性もない機体に搭載しようというのだから、無茶もいいところだった。
 ドイツ側は、この飛燕のカスタム計画を次世代モーターカノン研究と考え、飛燕を実験台にしようと取り組むこととなった。

 そんなドイツ政府や技術者たちの思惑を、前線の京一は知るよしもない。

「お前の日本の機体はいつ完成するかわからねえ。今はBfで、DB605の特性を憶えるんだな」

 滑走路に引き出されたBf109Gを前に、ハルトマンがニヤニヤ笑いながら、茶化すような調子で京一にアドバイスした。

「37ミリ砲を体験したくなったら、ルーデルに言えば撃たせてくれるよ」

「いや、今はBf109Gでいい」

 まじめくさった京一に、ハルトマンは肩を竦めた。

「正しくは、G6だ」

「はあ?」

 なにを言っているんだ? と、京一はハルトマンを見上げた。

「お前たちヤーパンも、細かい改修をしていくだろう。我々も同じさ。制式改修6型。だからG6だ」

 京一は改めて、自機として与えられたBf109Gを見た。
 この時まで、京一は末尾のアルファベットが機体改修名称だと思っていた。

「我々も試行錯誤して機体を飛ばしている。だが、お偉いさんはそんな頑張っている姿をあまり日本には見せたくないらしい。そういうことで、お前に機体についての細かい情報は教えるなと言われている」

 正しくは、日本人に教えてもわからない。そんなヤツらが数字の変化だけを見たら、日本はドイツの技術に疑いを持つ。
 だから詳しいことは教えるなという指示が、政府高官から各所に下されていた。

「じゃあ、なぜ俺に教えた?」

「さて……」

 ハルトマンはニヤニヤ笑いをやめて、珍しく真面目な顔を見せた。

「編隊を組んでいる人間に嘘をついているというのも嫌なもんだ。どうせ大した情報でもないし、自分の機体は知っていた方がいい。そうだろう?」

「G1からG6の違いは?」

「G1は高高度用の与圧キャビンがあったが、G2はそれを取り外した大量生産機だ。G3は与圧キャビンをつけた無線強化型。G4は基本G2と同じだが武装強化用のゴンドラが搭載可能になった。G5は機種武装強化によるコブ付になった」

「コブ付?」

「給弾シュート用のカバーだ。コクピットの目先にコブがあるだろ」

 そう言われて京一が機体を見ると、確かにボディにはコブのように丸く突きだしている部分があった。
 京一は、てっきりG型で改修されたものだと思っていた。

「G6は、ほぼG5と変わらん。与圧キャビンを取り外し、605系改良型のエンジンを搭載した」

 もちろんそれ以外にも細かな変更箇所は存在している。

「なるほど。教えてくれてありがとう。日本の技術者に教えてやっても構わないか?」

「どうぞご自由に。政治家の思惑など俺は知らん」

 そう言ってハルトマンが肩を竦めた時、彼の機体を調整していた整備士から声がかけられた。
 そのままハルトマンは、じゃあなと言って待機中の自分の機体に向かった。
 ハルトマンの背中を見送り、京一はもう一度自分の機体を見上げた。
 Bf109G6。飛燕よりも視界が悪い理由が、武装強化にあったとは思いもしなかった。
 しかし今の京一にとって一番大切なことは、このエンジンの特性について馴れることだった。
 あくまでも、このBf109G系は、飛燕が完成するまでの繋ぎなのだから――
 機体を整備していたドイツ人整備士に、京一がいくつか質問しようとした矢先、敵の接近を知らせるサイレンが鳴り響いた。

 滑走路脇に並んだ航空機のエンジンが次々とかけられ、排気煙が吹き上がってゆく。
 本来なら東部戦線で雌雄を決しているはずのドイツとソ連の機体が、離陸を待って並んでいる光景は、どこか不思議な思いを抱かせる。
 コクピット脇に立って自機の離陸順番を待っていた京一に、ハルトマンが声をかけた。

「ヤーパン! 今日は俺の隊に入れ。ドイツの戦い方を教えてやる」

 ドイツでは出撃間際に隊員入れ替えができるのかと、京一は我が耳を疑った。
 しかし、革命軍のせいで混乱している状況だからこそ、可能なことだった。

「よろしく頼む」

 戦場では、ほぼ国ごとに別れて編隊を組んでいる。そのため京一は、機体をドイツから借りていても、単独で戦っていた。
 だから、このハルトマンの申し出はありがたかった。

『よく聞けアホウども! 懲りもせずに革命軍は、ポズナンを陥とすべく、東から陸戦隊を送り込んできやがる。残さず食いつぶしていけ!』

 先発した偵察機Fw189ウーフーの通信士のだみ声が、無線から響き渡った。

『今日の偵察機はガラが悪いな』

 ルーデルの返信に、それぞれの機内に笑声が響いた。

『今日のお客さんは、航空支援機を引きつれた、Ⅳ号戦車とT34を主体とする地上攻撃軍だ。戦車が12両。トラック、装甲車は30両程度だ』

 フライング・アイと称され、ソ連軍からは『空飛ぶ額縁』と呼ばれたウーフーの通信士はさらにだみ声を張り上げた。

『あんたらが大嫌いな対空車両が……8両は確認した! 下からの弾に気をつけな。骨は拾えねえ。くたばった時はそれまでよ! 以上、がんばんな!』

『もう少しマシな情報を教えろよ。くっそ、敵が見えた! 各機、それぞれの判断でダイブしろ! 戦闘開始!』

 ルーデルの声が無線機から響いた。
 でき上がったばかりの各国混成軍に完全な連係はなく、雑然とした形で両軍はぶつかり合った。

 ハルトマンは、京一と他2機のBf109G6とともに上空高く舞い上がった。
 戦況を上空から観察し、こちらに気づいていない機体探す。単独で調子に乗っている敵機を発見するや、
 京一に続けと合図して急降下を開始した。それに京一も続く。
 ハルトマンは照準器から眼を離さない。
 そして革命軍機が有効射程に入った瞬間、トリガーを押し込んだ。
 20ミリ砲の反動が機体を震わせる。
 被弾した敵機は煙と火を噴いたものの墜ちずに持ち堪えた。

「チッ!」

 ハルトマンは舌打ちしながら機体を操り、革命軍機の脇をすり抜けた。
 その手傷を負った革命軍機に、続く京一が砲弾を放った。革命軍機は翼を砕かれ地面に向かって堕ちていき、爆発した。
 ハルトマン機は機首を上げ、上空で周辺警戒をしている僚機の元に戻ってゆく。京一もその軌跡を辿るようにして上昇した。
 ハルトマン隊の3番、4番機は、急降下した2機に危険が及ばぬように、上空で周辺警戒をしていた。
 そしてハルトマンと京一が戻ると、3番、4番機は目星をつけておいた獲物に向かってダイブを開始した。
 2機単位の分隊を作り、相互に支援しながら一撃離脱で敵を叩く。
 黒い悪魔と恐れられつつも、部下を大切にするハルトマンがよく使う戦法だった。

「隊の安全を確認しつつ、俺たちに気づいていない敵を探せ」

 そう京一に説明するハルトマンは、眼下で戦う僚機を見守りつつ、もう次の獲物を見つけていた。

「次はアレだ」

 ハルトマンは悪魔のようにニヤリと笑い、狙いを定めた。