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オスト・フリューゲル 第四話:血染めの空 2017-04-04 18:03




第4話:血染めの空


 僚機が戻るなりハルトマンは京一に合図を送り、一気に急降下を開始した。
 高度からのダイブの先には、革命軍側のBf109G6がいた。
 照準器の中にその小さな姿をとらえ、ハルトマンはほくそ笑んだ。
 革命軍機の姿はすぐに大きくなってゆく。そして必中距離に達した時、ハルトマンはトリガーを押し込んだ。
 機銃の唸りが響き、それに若干遅れて照準器の中のBf109G6のボディに穴が穿き、翼が、胴体が引き千切られてゆく。
 ハルトマン機がすり抜けた直後、機体から火が吹き出し、爆散した。
 1機撃墜したら必ず上空定位置に戻り、警戒待機している僚機と交代する。
 警戒待機中に獲物に目星を付けていた僚機は、入れ替わるなり、獲物に向かって斬り込んでいった。

『ヤーパン! 彼らが戻ったら、ちょいとコーヒーブレイクしよう』

「はあ?」

 ハルトマンからの通信に、京一は耳を疑った。戦闘中にコーヒーブレイクなど、理解できない。
『戦場を冷ます。少し休憩が必要だ。僚機が戻り次第、さらに高度に上がる』
 クスクスと笑いながらのハルトマンの捕捉説明に、京一は納得した。
 隊からはみ出た敵を新たに作り出すために、単独機狙いを一時休止するということだった。

「これが……ドイツ流か……」

 ハルトマンについて上空の警戒位置に戻った京一は、その戦い方に言葉をもらしていた。
 Bf109G6だけじゃない。本国で見た他のBf109Eシリーズもそうだったが、
 パイロットを大切にする精神が、機体の各所からうかがえた。
 その精神は、ハルトマンの戦い方にも生きている。
 彼は絶対に無理をせず、部下にも絶対に無理させない戦い方を行っていた。
 これだと、パイロットの損耗率も極端に低くなるだろう。

「機体だけじゃない。戦い方からして、日本はまだまだドイツに追いつけない……」

 飛燕をドイツに改修してもらい、日本に持ち帰ったところで、この国の戦闘機と同じようには運用できない。
 わずかな時間の戦闘を体験するだけで、京一はそう感じた。
 やがて敵機を始末した2機の僚機が戻ると、ハルトマンは合図を送り、編隊をそのまま高度に引き上げた。

 ハルトマンの隊が抜けたことなど気づけぬほど、戦闘空域は乱戦が続いていた。
 革命軍としては、フランクフルト、ベルリンに続く道を確保し、補給拠点とするために、
 是が非でもポズナンは奪取したい都市だった。
 だが、その意図をドイツ側も読んでいた。
 陸戦部隊を進めるためには、制空権を握る必要がある。
 だからこそ、このポズナン西部の空では、連日のように航空機同士が戦い続けていた。
 そしてハルトマンの隊が抜けた空域に、革命軍と諸国連合ソ連軍のYak1の編隊が、絡み合うようになだれ込んできた。

『リディア! 落ち着いて!!』

 エカテリーナの叫びが無線機から聞こえたが、
 リディアは返事もせず、革命軍側のYak1を照準器にとらえ、機銃弾を放った。
 機関砲弾が命中し、被弾したYak1が煙を上げて墜ちていく。
 リディアは煙を軸にするように旋回しながら、新たな獲物を探した。
 こんなすぐに墜ちるような情けない元同志ではなく、完全な裏切り者の姿を――
 革命軍側のYak1には、エースを印象づけるパーソナルマークやナンバーのペイントがひとつもなく、
 どの機体に誰が乗っているのか見当もつかない。

 ――敢えてマーキングせず、腕のいいエースを味方の中に潜ませる作戦ね……。

 それは、未熟なパイロットを盾にする作戦だった。逆にエースのパーソナルマークがあるために、
 その僚機ばかりが狙われて撃墜されることから、パーソナルマークを消した例もある。
 この場合、どちらの理由から個人を特定できなくさせているのかわからない。
 リディアは風防を過ぎった影に気づき、あわてて舵を切った。
 すぐに後方から機関砲の音が響いてくる。
 視野の端で曳光弾の光を捕えながら、リディアはまた舵を切る。だが攻撃してきた革命軍のYak1は、追撃する素振りも見せず、
 ヒットアンドウェイを決め込んで離れた。

「バカにして!」

 機を小さく旋回させて、リディアはその後を追った。
 ギリギリまだ追える距離だった。

「逃がさない。反革命の裏切り者め……」

 革命軍機は調子がおかしいのか、その差は徐々に詰まってゆく。
 リディアは照準器にその姿をとらえ、機関砲を放った。
 だが、Yak1はギリギリのところで弾をかわした。

「ちっ!」

 逃げに入ったYak1は、やはりどこかおかしい様子だった。
 左に逃げる動きがややぎこちない。右は動きやすい様子だった。
 左が調子悪いと、誘いをかけている可能性もあった。
 それを考慮する程度の冷静さは、まだリディアにも残っている。
 すべてを考えて追い詰めてゆくが、リディアの攻撃はいつもギリギリのところでかわされた。

「くっそ!」

 その瞬間、フワッと眼前のYak1が動き上昇しようとするのが見えた。

「逃がさない!」

 その背を追ってリディアも機首を上げた。
 同じ軌跡で飛んだはず。しかし、目の前のYak1はより小さな孤を描き、リディアの背後についていた。

『感情を露わにした方が負けると教えたはずだ。同志リトヴァク』

 その無線機から流れてきた男の声にリディアはハッとし、すぐに歯ぎしりした。

「あんたに同志呼ばわりされる憶えはないわ! シェスタコフ少佐!」

 自分の背後についたYak1に、仇と狙う男が乗っている。
 リディアはカッとなりつつもなんとか逃げて、背後を取るチャンスを得ようともがいた。

『スターリンでは真の社会主義革命は成されない。お前もそれに気づけ』

 その通信とともに無数の砲弾がリディア機を襲った。
 瞬く間に舵が重くなり、機が軋む音を立てはじめる。

 ――やられた……。

 減速してゆくのがわかり、機体バランスを保つことも難しくなっていく。
 だが、ショスタコフはそれ以上撃つことはなく、挨拶をするように翼を上下に動かした後、新たな獲物を探すように飛び去っていった。

「あたしを撃ちなさいよおおおっ!」

 涙ながらにリディアはそう叫んだが、返事はなかった。
 失速したリディア機は地表近くまで墜ちていた。
 かろうじて車輪を出すことに成功したリディアは、何度も機をバウンドさせ、
 車軸やプロペラを跳ね飛ばしながらも、畑への不時着を成功させた。
 リディアは急いで風防を開き、機から転がり出るように飛びだした。
 不時着機を狙うヤツもいるし、攻撃を受けている以上、機体が爆発する可能性もあった。
 だが、攻撃も爆発もなかった。
 畑に伏した自分に近づいてきた機は、戦いに夢中になるあまり引き離してしまったエカテリーナのYak1ただ1機だけだった。

 エカテリーナ機を目で追って見上げた頭上には、爆散する機、そして砲弾が飛び交う血染めの空が広がっていた。
 その空を見上げながら、リディアはただ唇を噛みしめ、固く拳を握り締めた。