ニュース

お知らせ
オスト・フリューゲル 第五話:翼のために 2017-05-09 11:06




第五話:翼のために


 陽も暮れた頃、ポズナン基地の一角でワッと歓声が上がった。

「何事ですか?」

 歓声の出どころはソ連軍に貸し与えられているハンガーだった。
 自分のハンガーでそれを聞いた京一は、ちょうど中に入ってきた日本人整備兵に訊ねた。

「ああ。撃墜された女パイロットが帰還してきたそうですよ」

「そうですか……」

 迎撃から帰ってきた時、撃墜されたが畑に不時着した機体が数機あると聞いていたことを、京一は思い出した。
 その内の一機の搭乗員――リディアが帰ってきて、ソ連軍のハンガーは、珍しくお祭り騒ぎになっていた。

「ロシア人も騒ぐんだな……」

「そりゃ、エースの生還ですしね。女性でエースっていうのも、珍しいですし」

 そう。ポズナンに派遣されてきているソ連軍パイロットの中で、リディアはトップ成績のエースだった。
 もちろん、ハルトマンたちの撃墜数には、遠く及ばないが……。

「彼女のための機体は、すぐに用意されるそうですよ。ソ連の工業力はすごいものですね。
 アッという間に、代替機を作ってしまうなんて……。もちろん、余剰機を回してくるんでしょうけど……」

「ソ連だけじゃなく、英国も米国も、どこの工業力は侮れないですね……。欧州に来ると、日本の工業力の弱さを実感させられます」

「そ、そうですね……」

 整備兵はギョッと驚き、戸惑いつつも京一の言葉に同意した。
 確かに欧州にくると、日本の力は様々な面でかなり劣っていることが見えてくる。
 特にドイツ人技師による飛燕の改修を間近で見る整備兵は、パイロットに対する考え方の違いや技術格差を否応なしに知らされる。

「君たちの方が、それを余計に体感するでしょう?」

「犬神少尉殿は……その、日本が劣っている……と、思われるのですか?」

 歯切れの悪い整備兵の言葉に、京一は察して苦笑して肩を竦めた。この欧州に来ても、整備兵たちは国家批判をすることを恐れているのだ。

「現実を受け入れないと、妄想に殺されますよ。もっとも、本国では、そんなことは口にできませんけどね……」

「は、はあ……」

 整備兵は、さらにどう答えたらいいのかわからず、戸惑いを隠せなかった。
 そんな彼に背を向けて、京一は自分に与えられたBf109G6を見上げた。
「メッサーシュミットBf109G……6だったかな? これを見れば、設計者には、パイロットの生存率を高めようとする意志があることが理解できます。同時に、我が国では、生存率が設計段階から軽視されていることも……」

「そうですね……。防弾板が薄すぎると、機体を分解した時、ご指摘を受けました」

「当たらなければ良いという考え方しか、我が軍にはない……か……」

 日本の航空機設計には、パイロットを護るという考えが非常に薄い。
 軍の要望に応えるためにやむを得ず人命を軽視したというのが後の評価だが、
 本来、パイロットが最後の手段として使う『気合いでなんとかする』事が、日本軍機では設計の段階から見え隠れしていた。
 ハンガー奥に眠っている試作二型飛燕(キ61-Ⅱ改)は、ドイツ人技師たちが徹底して手を入れるために、
 はがれる場所はすべてはがされた状態になっていた。
 おそらく完成する機体は、もはや飛燕とは言いがたい機体に仕上がると、京一も整備兵たちも確信していた。
 パイロットの気合いに頼らない、本来の飛燕のあるべき姿になると――

「あの飛燕は、我が国が信頼性の高い翼を手に入れるための機体。そして君たちは、その翼を作り、整備する経験を最大限に積むことが、 この任務の最大の目的だ。だから、俺はともかく、君たちは必ず帰国しなければならない」

 ドイツ人技師たちの技術力を盗み見ることも、この派遣の目的だった。むしろ、それがこの作戦の最重要任務だった。

「そんな、少尉も一緒に帰らなければ、意味がありません!」

「覚悟のほどを言ったまでです。俺も帰国したいですからね」

 京一はそう笑って見せたが、世界革命が起きてしまった今、簡単に帰国を考えられるような状態ではなかった。
 京一は最大限にドイツ政府軍に協力して心証を良くし、この試作二型飛燕の完成機体と、
 技師と整備兵を本国に送還してもらう約束を遵守してもらわねばならない。
 約束が遵守されるなら、京一は政府軍の傭兵となってここに残り、戦闘を続けることも厭わぬつもりだった。

 ポズナンを奪取するためには、先に航空機を叩いておく必要がある――

 度重なる陸上戦の失敗から、革命軍はポズナン攻略の作戦変更を行い、新たな侵攻を開始した。

『革命軍の航空隊が接近してきます。あの翼の形状は……スピットファイアです!』

 森に隠された前哨塔からの第一報で、基地は緊張に包まれた。
 それが西部戦線でドイツ軍に苦渋を舐めさせた機体であることを、基地のドイツ人たちは、全員知っていた。
 パイロットたちは一斉に飛行服に着替え、自分たちのハンガーに向かって走った。
 そしてオペレーターたちは、各所に分散している哨戒塔に連絡を取り、
 少しでも多くの情報をパイロットたちになんとか伝えようと懸命になった。

「スピットファイアはMk.Ⅰ-Iaです! 他にハリケーンMk.Ⅱ-Bが確認されたそうです!」

 オペレーターたちの言葉は、そのまま準備を整えて戦闘機に乗り込んだパイロットたちに伝えられた。

「バトル・オブ・ブリテンをここでやる気か? くそっ。出るぞ!」

 ハルトマンは近くにいた整備兵に合図を送り、風防を閉じた。

 飛来するスピットファイアとハリケーンを迎撃すべく、多数のBf109G6や、Fw190 A4が舞い上がっていった。