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オスト・フリューゲル 第六話:シュリンゲ~罠~ 2017-06-06 10:54




第六話:シュリンゲ~罠~


『各機。一撃離脱を忘れるな!』

 無線機からハルトマンの声が聞こえてきた。京一は周囲の警戒をしつつ僚機としてハルトマン機の後方についた。

「教えてくれ。スピットファイアとはどんな機体だ?」

『ああ。この戦争がまだまともだった頃、対英戦でドイツの配置ミスを突いて名を上げた英国機だ。
 運動性に優れているから格闘戦に持ち込ませるなと言われてる。ハリケーンってのは、とにかく撃ってくる弾数がスゲえって話だ』

 あまり要領を得ない回答だった。それもそのはず、ハルトマンは愚か、この基地にいるドイツ軍人でスピットファイアと戦った経験がある人間は一人もいなかった。
 誰もが西部戦線やバトル・オブ・ブリテンの情報を伝え聞いているだけだった。

『ハリケーンは木製飛行機って話ですぜ?』

『スピットファイアは、ガーランド中将がゲーリング元帥閣下におねだりしたって有名な話があるってさ』

 他の僚機からも情報が流れてきた。
 ホーカー・ハリケーンに木製パーツが使われているというのは有名な話だったが、
 資材に乏しい日本でも木材や布を使うこともあるので、それはあまり問題にするところじゃない。
 しかし、中将が敵軍の戦闘機を欲しがるというのは問題だった。

『ありゃ別の意味だろ。元帥閣下に嫌味を言ったんだよ。まぁ、運動性と速度に優れているらしいから、一撃離脱を護れ。
 あとは追われたら上昇して逃げろと聞かされている。忘れるなよ』

「了解!」

 結局、戦ってみなければ詳しい特性は分からない。
 そして次の質問をする間もなく、空に敵機の影が小さな染みのように浮かび上がった。

『来るぞ!』

 ハルトマンが高く上昇したために京一もそれに続いた。上空から一気に迫り、一撃離脱するいつもの作戦だった。

 各機が個々の隊に別れて分散していく。
 そして空中戦が始った。
 今までの独ソ連合軍同士の戦いから一転、独ソ英連合軍対独ソ連合軍の戦いとなり、
 空は様々な機体が飛び交い、破片と薬莢が飛び散る場所と化した。
 噂通り、12門もの7.7ミリ機関銃を搭載したハリケーンは、恐ろしいほどの弾をバラ撒く戦闘機だった。
 機体の軽さもあって、軽妙な動きを見せ、Bf109G6の砲撃を巧みにかわしては、その弾幕とも言える砲火を放ってくる。
 そして問題のスピットファイアも、噂通りの高い運動性を発揮して、ドイツ軍のBf109G6の後ろを取ろうと巧みに動いて襲ってくる。
 空に一筋の煙が走り、ひとつ爆発が起こる。
 次第に空が狭まっていった。
 京一はその爆煙に紛れてハリケーンに接近し、20ミリ砲を放った。
 ハリケーンの木製モノコックボディが砲弾で引き裂かれ、破片が飛び散っていく。
 火がついた破片を潜り抜けた京一が戦果確認のために横目でハリケーンを見た時、その先に迫るスピットファイアの姿を捕えた。

 ――近くにいたのか!?

 被弾したハリケーンにトドメを刺すため、続けて急降下してくるハルトマンは、スピットファイアに気づいた様子がない。
 京一は機首を上げて向きを変え、迫るスピットファイアを照準にとらえようとした。
 スピットファイアと巴戦をしてもBf109G6は勝てないと説明されていたが、今ここでエースを討たれるわけにはいかない。
 上空で周辺警戒していた僚機たちも、接近するスピットファイアに気づき、迎撃しようと急降下を開始していた。
 砲撃を受けたハリケーンは爆発し、さらにハルトマンの視界を狭めた。
 京一はけん制射撃を加えたが、スピットファイアはその火線を軽々と避けて、降下するハルトマン機を狙おうと迫った。
 上空からもけん制の砲弾が飛んでくるがスピットファイアは意に介した様子もなく、黒いチューリップヘッドのハルトマン機を狙い続けた。
 が――エース・オブ・ザ・エースのハルトマンが、スピットファイアの接近を見逃しているはずがなかった。
 彼はハリケーンの爆発に紛れて降下角度を変え、すぐさま回避運動に入っていた。
 目標を見失ったスピットファイアが逃げる番だった。

『深追いはするなよ!』

 上空の僚機に、そうハルトマンは声をかけた。

『心配かけて悪いな、キョーイチ。だが、お前の動きで敵が来ているのがわかって助かったよ』

「いや、気づいてたのなら、問題ない」

『さあ、周辺警戒に戻るぞ』

 ハルトマンと京一の二機が連れ立って上昇しようとした矢先だった。
 轟音が轟き、地上に真っ白な壁が作り出された。

『なんだ!?』

 それは、白煙で作られた壁。
 地上に広がる森に、密かに伏せたBM-13対地攻撃用ロケットランチャー車輌、
 ――ドイツでの通称『スターリンのオルガン』――の発射仰角を無理矢理あげて、低空に降りてきた戦闘機を撃墜する弾幕兵器としたのだ。

『スターリンのオルガンをバカスカ撃ちやがって! なんて非効率的な戦い方をしやがんだよ!』

 元々、地上への面攻撃を考えた対地攻撃用ロケット砲なのだから、その命中精度もタカが知れていた。
 それを対空兵器にしたところで当たるはずもない。
 しかし、タイミングを選び、不意打ちで物量攻撃を仕掛けたなら、撃墜の可能性は高まる。
 事実、スピットファイアを追っていたBf109G6の1機は、見事、その攻撃範囲に誘導され、発射されたロケット弾に機体を貫かれて撃墜された。

『対空兵器がそこかしこに伏せられてる! 気をつけろ!』

 眼下に広がる広大な森林地帯のどこに対空兵器が伏せられているか分からない。
 上空から急降下をした低空侵入時を狙われれば、撃墜される可能性もある。

 このド派手なスターリンのオルガンによる対空攻撃は、ただ一度の一斉砲撃だけで、
 独ソ連合軍パイロットたちを心理的な罠にかけることに成功していた。