オスト・フリューゲル 第7話:対地の鬼神
第7話:対地の鬼神
「出番がねえと思っていたが、神様ってヤツは俺たちを見捨ててなかったな! 回せえええっ!」
大規模襲撃に打って出た革命軍機の迎撃任務から外され、シケた顔をしていたルーデルは、
味方が地上砲火にされされたと聞くや飛び上がって叫び、すぐさまJu87G1の操縦席に飛び乗った。
「オモチャを与えられた子どもみたいですよ!」
後部機銃手のヘンシェルが、ニヤニヤ笑いながら後席に乗ってきた。
「出撃がねえって腐ってたんだから当然だろ。いいか?
あのハルトマンに貸しを作るチャンスでもあるんだ。楽しくないって方が無理だろう」
「そりゃそうですね」
エンジンに火が入り、プロペラが回り始める。
車輪止めがはずされ、機体がゆっくりと動きはじめた。
同時に無線のスピーカーから、管制官のダミ声が流れはじめた。
『前線からの報告では、ヤツらは森に隠れ潜んでいるそうだ。急降下爆撃はヤツらのマトになりかねない。注意を怠るな!』
「Ju87G1が急降下しなくてなにをしろってんだ?」
「上の考えることはわかりませんな」
ルーデルとヘンシェルはクツクツと笑い合った。そして――
「要はアレだ。ヤブに潜んでいるウズラを丸焼きにしとけばいいんだろ!」
直援につく数機のソ連軍機が離陸した後、ルーデルは機体を滑走路に滑り込ませた。
「赤軍の戦闘機が直援ってのが、気に入らないが……。こればかりは仕方ないか。出るぜ!」
ルーデルのJu87G1が離陸すると、その後を次々とJu87G1が上がっていった。
戦闘空域はポズナンの数十キロ先。ここを突破されたら、瞬く間に侵略される距離だった。
「英国の機体ってなあ、どんな性能なんだ?」
「西部戦線で飛んでりゃ、多少はわかったかも知れませんけどね。とにかく小回りが利くって話ですけど……」
「けど……なんだ?」
「ロシア人が使ってるって話しもあるんですよ。見たことないですけどね」
「ロシアの熊に、英国の気取った機械が使えるもんか。そりゃダメだろ。
いや……じゃあ、なにか? 今飛んできたスピットファイアは、ロシア人が操縦してんのか?」
スピットファイアもハリケーンも、わずかながら英国からソ連に供与されていた。
しかし、本格的なレンドリースが決まる前に世界革命が勃発したために、その供与量もわずかなものだった。
「まぁ、追いかけられたら友軍機が助けてくれるだろう。それまで、お前が頼りだ。相棒」
「後部砲火は任せてください。ま、腹からきたら、その時はあきらめてくださいよ」
「腹に眼はついてないから仕方ねえ。おっと、冗談はこれまでだ。ここか……」
眼下に広がる森林地帯の一部の異変に、ルーデルはいち早く気づいた。
森のあちこちから煙が燻っており、一部の樹木は丸焼けになっていた。
「こんな場所で、『スターリンのオルガン』を空に向けて撃ったのか?」
ロケット弾の後方噴射炎で地表と森が焼けた跡だった。仰角を取り過ぎれば、噴射炎は足下の地面を焼き、
当然、操作員もその炎に焼かれることとなる。それを承知で、これを対空砲として使ったのだろう。
地面のあちこちには、炭と化した人と思しき物が横たわっていた。
「犠牲を厭わない革命軍ってか……。そんなヤツが世界の理想を語るなんて、胸クソ悪くなるな」
「この様子だと同じ場所で連続して『スターリンのオルガン』を使用できそうもないですよ」
「つまり、そういう自決兵器が見えない場所に伏せられていると脅せれば、
ハルトマンたちが急降下をためらうと思って配置したのか。
だとしたらそう数はないだろう。燃えてない森を焼き払えばいいってことだな」
そう決断するが早いかルーデルは機を傾け、『スターリンのオルガン』を伏せられそうな場所を探した。
立木が多く、上空からなにがあるか判別しづらい場所。
「目標がよりどりみどりってことか……いくぜ!」
ルーデルは森の一角に狙いを定め、37ミリ砲を撃ち放った。
激しい震動が機体を揺すり、間隔を空けて轟音とともに森に火柱が立ち上がった。
あちこちから激しい噴射炎と白煙が上がり、ロケット弾が飛んでくる。
「ノックしたら応えてくれたぜ」
鈍重なはずのJu87G1を操り、ルーデルは軽々とロケット弾の弾幕を潜り抜けていく。
「煙で空が狭くなるな」
「煙幕も兼ねてんですかね? 左翼3時方向に、物を隠せそうな森があります!」
「全部つぶしてやろうや!」
ルーデルは機体を軋ませながら高速旋回すると、ヘンシェルが見つけた場所に砲弾を叩き込んでゆく。
「はっ! 誘爆しやがった!」
砲撃した場所に激しい爆発が起こり、さらにいくつもの爆発が続いた。
「対空砲と違って、そう簡単に撃てる方向は変えられねえだろ! 同時に面で攻撃するならそれなりに並べてるはずだ!」
誘爆の爆煙の並びから、隠れている『スターリンのオルガン』の並びを推測したルーデルは、再び砲撃を行った。
火柱が上がり、爆発がそれに続く。
隠れている革命軍側も一方的にやられているわけにはいかず、ルーデルの機体に向けて『スターリンのオルガン』を再び放った。
だが、そのロケット弾の軌跡を読んでいるかのように、ルーデルは機体を滑らせてすべて回避してゆく。
「俺たちは……デャーヴァルを相手にしているのか……?」
次々と破壊されていく『スターリンのオルガン』と、すべての攻撃を嘲笑うかのように避けていくルーデルのJu87G1。
あり得ない動きに、革命軍のソ連兵士たちは、そんなロシア語で鬼神を意味する言葉をもらしていた。
一方、空を駆けるルーデルは、爆煙の中に不審な影を見つけていた。
「なにかいるぞ! 気をつけろ!」
一度攻撃すれば、操作員がほぼ全滅に近いこの燃える森の中で、ゆっくりと方向を変えるなにかがいた。
それはルーデルのJu87G1を狙い、ロケット弾を撃ち放った。
「なんだありゃあああっ!?」
機体を傾けながらロケット弾をすり抜けJu87G1。後席のヘンシェルは、攻撃してきたそれを横目でしっかりと確認した。
それは、シャーマン戦車の頭上に『スターリンのオルガン』を据え付けたような攻撃車輌T34カリオペとの初めての遭遇だった。