オスト・フリューゲル 第8話:狼と虎の空
第8話:狼と虎の空
ルーデルたちの対地攻撃隊によって、森の中に潜んでいた『スターリンのオルガン』は次々と破壊されていった。
だが、革命軍機たちもそれをただ眺めているわけではなかった。
機体の側面にハートマークを描いたFw190A4JG54は、ルーデルの機体が森林に潜む砲撃部隊を駆逐しはじめた時、彼に牙を剥こうとした。
しかし、上空から戦場を見回していたハルトマン隊がその動きをいち早く察知した。
『ノヴィがいる! ヤツにルーデルをやらせるな!』
ハルトマンの緊張した声が無線から響いた。
そうハートマークのFW190は、ノヴィことヴァルター・ノヴォトニーの愛機だった。
Fw190A4JG54対Bf109G6の戦い。共に一撃離脱を得意とする機体だったが、上昇力においてFw190A4JG54はBf109G6を凌駕していた。
『4機がかりなら私を倒せると思ったか? ブービ。それとも黒い悪魔と言うべきか?』
冷静なノヴィの声が無線に割り込んできた。
ルーデルなら挑発に乗ったかもしれない。しかし、ハルトマンは冷静にその言葉を鼻で笑い返した。
『飛ぶことをチョビヒゲに止められたから、革命軍に参加したのか? ノヴィ!』
『我々が飛ぶ理由は、第三帝国以上の理想のためだ!』
『誰も彼も、綿菓子みたいな世迷い言に酔いしれるらしいな……』
ハルトマンの皮肉にノヴィは砲撃で応えた。だが、その砲撃を予測していたようにハルトマン機は横に避けた。
「扱い辛い109を、手足みたいに使うヤツめ……」
操縦性もFw190A4JG54はBf109G6を凌駕している。だが、その性能差をハルトマンは操縦技術ではね除けていた。
「敵に回すとこれほどまでに恐ろしいとはな……。ゾクゾクするよ」
横目で飛び去るハルトマン機を追いつつ、ノヴィのFw190は、追いすがるハルトマン隊の3機の追撃を逃れるべく、
機体を旋回させるや一気にブーストをかけた。
『くっそ。あのFw190A4JG54はMW50装備だ!』
僚機の舌打ち混じりの叫びが無線から聞こえた。
MW50とは、メタノールと水の混合液を使った出力増強装置だった。水平飛行でこれを使われたら、まず未搭載のBf109G6は追いつけない。
追撃を逃れたノヴィはハルトマンの攻撃を警戒しつつ、カリオペに狙いをつけたルーデルに砲撃を放った。
『あんたの機体は目立つんだよ。バーカ! これ見よがしにハートマークなんか横に刻んでさ!』
砲弾をギリギリの際で回避したルーデル機は、後席の機関銃で反撃を試みたが、後席の機関砲はそう当たるものではない。
「ソ連機なら撃ち落とせたのにさ!」
後席のヘンシェルが舌打ちしたが、相手がノヴィではソ連機だったとしても当たったかどうか分からない。
「ハルトマンよ。ブロンドの騎士とあだ名されるなら、足の遅いカボチャの馬車を、虎のヤツから護るくらいの根性見せろよ」
さすがにJu87G1では、Fw190A4JG54の牙からいつまでも逃れきれるものじゃない。まして相手はノヴィだった。
「後席。上下監視を頼むぞ!」
Fw190もBf109同様に一撃離脱を得意とする機体。いつまでもルーデル機の後ろにくっついているわけじゃない。
そんな飛行をしていれば、影のように近づいてくるハルトマンの餌食になることくらいノヴィも承知していた。
再び急上昇したノヴィは眼下の森で再び爆煙が上がるのを見て舌打ちした。
「ちぃっ! あの男を放置すると、地上の全てを食い尽くされかねん!」
再び急降下を開始したノヴィ機は、照準にルーデル機を捕えた。
「今度は逃がさん!」
機関砲を放った瞬間、その間に黒い影が割って入った。
それはノヴィの射線に、とっさに機体を割り込ませたBf109G6だった。
ルーデルの回避が間に合わないと判断したハルトマンは、自分の機体を盾にしてルーデルを護ろうとした。
『ドアホウが! 余計なマネしやがって! 俺なら回避できんだ! さっさと脱出しろ!』
黒煙を上げて失速したハルトマン機を見たルーデルは無線で叫んだ。
だが、ハルトマンは機体を捨てず、自らが放つ黒煙を煙幕代わりにして、さらにルーデルを逃がそうとしていた。
それを見たノヴィは思わず居住まいを正し、ハルトマン機に敬礼した。
「ブロンドの騎士とあだ名されるだけはある勇気ある行動だ。貴様のその精神に敬意を表して、苦しまずに済むように、完全に撃破してやる!」
失速しつつあるハルトマン機は、未だに飛んでいるのが不思議な状態だった。
その背後にノヴィ機が迫った瞬間、新たな影が砲弾を放ちながら太陽の中から突っ込んできた。
「新手!? ハルトマン隊の二番機か!?」
ノヴィがあわてて機首を捻ると、その脇を掠め飛ぶように一機のBf109G6が急降下していった。
そしてすぐさま反転するや、再びノヴィ機に挑みかかった。
「Bf109で格闘戦をやろうというのか!? ドイツ軍人じゃないな!」
そうBf109G6は格闘戦には向いていない。
それはドイツ軍機の大半に言えることだが、一撃離脱戦法を得意とし、またそうするように訓練学校でも教え込まれる。
それを破ったからこそ、あのスピットファイアに敗れたバトル・オブ・ブリテンの悲劇が起きた。
マニュアル主義が浸透しているドイツ軍では、戦い方の教本に則るクセが強く、それを破るパイロットはよほどの強者でしかない。
だからこそノヴィは、そのマニュアルを無視した戦法をとってまでハルトマンを護ろうとする2番機、
――つまり京一を、ドイツ軍人ではないと見抜いた。
「撃墜する前に名を聞こうか?」
興味半分からノヴィは無線で訊ねていた。
『私は犬神京一。大日本帝国陸軍航空審査部所属少尉だ。貴官に撃ち落とされるつもりはない』
「ヤーパン……だと?」
京一機はノヴィ機に再び絡みついた。
「そんな低速でなにができる!」
減速して反転攻勢をかけてきた京一機にノヴィが砲撃を加えようとした時、機体がガクンとノッキングを起こした。
あわてたノヴィが増速して離脱し、速度計と京一機を見比べた。
「この男……Fw190の特性を知っている……」
Fw190には速度が175km以下に低下した時、震動などの前触れもなく失速状態に陥る弱点があった。
京一は日本にいた時、陸軍航空審査部に数機納入されたFw190に搭乗した経験があり、その弱点に気づいていた。
もちろん、これをただの弱点としておくドイツ軍人たちではなく、意図的に失速状態を作り緊急離脱に用いられてもいたという。
しかしこの時、京一の執拗に絡みつく動きに苛立ったノヴィは、自機の速度が低下していることに気づいておらず、
まんまと乗せられて失速状態に陥るところだった。
そこに上空からハルトマン隊の3番、4番機が襲いかかってきた。
「冗談ではない!」
ノヴィは再びMW50のスイッチを入れて増速し、この格闘戦からの緊急離脱を図った。
『憶えておこう、イヌガミ。次こそ貴様を墜とす』
ノヴィはそう言い残すと、この戦場から離脱していった。
ノヴィが京一と戦っている間にルーデルたちによって革命軍地上舞台は潰滅され、被弾したハルトマン機もその姿を眩ませていた。
もう、この戦場にノヴィが残る理由はなく、彼は残存する革命軍航空機隊を引き連れて撤退していった。
「逃げてった……。いや、逃がしてくれたってところか……」
飛び去るノヴィの機体を見送りながら、京一はそうつぶやき、大きくため息をついた。