オスト・フリューゲル 第11話:喰らう者



 高度8000メートル――
 怪鳥ホルテンHo229――全翼型のジェット戦闘爆撃機20機からなる編隊は、時速500キロの巡航速度で航行しながら、じきに見えてくるポズナンに向けて爆撃を開始しようとしていた。しかし、この高度、この速度では、ポズナンの飛行場を叩く精密爆撃など不可能に等しい。
 危険を承知でさらに高度を下げるか? 1号機の編隊長はしばしの間悩み、さらに高度を下げる決断をした。いざとなれば、997キロの最高速度でメッサーシュミットBf109G-6を振り切ればいい。
それだけの機体性能を、このホルテンHo229は持っている。
 その決断を下して高度を下げはじめた矢先、なにかが頭上を掠め飛んだ。
 それがなにか直感で判断出来なければ、爆撃隊の編隊長などやっていられない。

「全機回避行動!」

 見上げた空に浮かぶシルエットは、メッサーシュミットBf109に似た姿をしている機体だった。

「高度10000メートル前後を巡航戦闘できる新型のBf109だと! ルフトバッフェも新型を配備させていたのか?」

 機長が呟いた直後、2番機が翼に攻撃を受けて火を吹き、機体が折れるように崩れ落ちてゆく。

「バカな! たった数発で……ホルテンHo229を墜とすだと? ウオッ!」

 1番機も攻撃を受けたが、2番機を撃墜した砲撃ほどの威力は無い。攻撃をした機体は、急降下をしてすれ違ってゆく。

「ソ連機か? くそ! 護衛機はなにをしている! 遅い!」

 護衛につくレシプロ戦闘機と足並みがそろわない。それが、ホルテンHo229の欠点だった。同じジェット戦闘機となら足並みが揃うが、あちらはあちらで滞空時間の短さに問題があり、護衛戦闘機としては向かない。結果的に露払いの部隊が先発し、後からホルテンHo229の編隊が出撃。ほぼ同時に出撃した護衛編隊がわずかな時間差で追いついてくるという形となった。しかし、露払いの先発隊の網の目を潜り上空で待ち伏せしていた正規軍部隊がいる事は、想定外もいいところだった。

 一方、1番機を攻撃したYak-1bに搭乗していたリディアは、今度こそ撃墜しようと急上昇をかけた。ホルテンHo229が加速して逃げに入られたら、このYak-1bでは追いつけない。確実に当てたにもかかわらず、白い煙をたなびかせるだけで巡航し続けるホルテンHo229の姿に、リディアは舌打ちした。
 ――たった数発で撃墜って……どんだけデカイ砲を詰んでるのさ!
 リディアは内心で悪態を突きながら上空にいて次の獲物に牙を剥く飛燕を睨み据えた。
 20ミリ砲でもかなりの破壊力を持っているはずだが、やはり37ミリ砲の前では豆鉄砲に等しい。飛燕は機体を切り返して、逃げるホルテンHo229の上空から、再び37ミリ・モーターカノンを放った。
 攻撃を受けたホルテンHo229は、また火を吹いて墜ちていった。
 ホルテンHo229としては、ここで爆弾を捨てて高高度に逃げる以外に、残された手はなさそうだった。

「逃がすもんか!」

 リディアが機体を上昇させかけた時、雲間に護衛機と見られる機影が煌めくのが確認できた。革命軍のレシプロ戦闘機部隊がホルテンHo229にようやく追いついてきたのだ。

「キョーイチはその怪物を撃墜し続けろ! ソ連隊はあたしに続け!」

 無線に向かってそう叫ぶと、リディアはYak-1bの機種を革命軍の護衛機隊に向けた。

「押っ取り刀で駆けつけてきたって遅いんだよ!」

 革命軍護衛機隊はYak-1で構成された部隊だった。

 ホルテンHo229を狩り続ける京一の飛燕は、急降下攻撃を避け、上空に留まりながら戦い続けていた。一度急降下すれば上空ががら空きになり、さらに高度を取られてしまう。10000メートル以上に逃げられたら、さすがに飛燕では追いかけられない。まだ爆装しているから追いかけられるが、ここで爆弾を破棄されたら、速度が上がって追いかけることも不可能になるだろう。

「あと……何機墜とせるかな」

 爆装していてもホルテンHo229の方が速いのだろう。飛燕はホルテンHo229の前方上空から攻撃を開始したが、今はもう後方上空から攻撃を仕掛ける状況になっていた。

「まずは後陣から削る!」

 ホルテンHo229の編隊の最後尾にいる機隊に照準を合わせ、京一は37ミリ砲弾を放った。
 ドンッ! ドンッ! という大砲のような衝撃が機体を震わせる。目標は巨人機だけに狙いを外す事はない。だが、当たり所によっては巨人機故に37ミリ砲でも撃墜できない可能性がある。
 爆煙があがり、煙が後方にたなびいていく。
 見る間に最後尾のホルテンHo229は速度を落し、高度を落していくが、当たり所がよかったのか、そのまま機体が裂けて墜ちる様子は見られない。京一はさらに2発、37ミリ砲を放った。砲弾は最後尾に位置していた機体のエンジン部分に直撃し、機体は爆発しながら落下していく。

「次は……あいつを狩る」

 淡々と戦場を睥睨した京一は、リディアが討ちもらした薄い煙をはき出しながら飛行する1番機に狙いを定め、出力増強装置MW-50のスイッチを入れた。一気に出力が跳ね上がり、京一はシートの背もたれに身体を押しつけられる。わずか数秒の使用で1番機の頭上に追いついた飛燕は、上空から砲撃を加えた。
 翼が裂け、エンジンから火を吹いたホルテンHo229編隊の1番機は、見る間に速度と高度を落してゆく。
さすがに1番機まで墜とされた事で作戦続行は不可能と踏んだホルテンHo229編隊は、次々と爆弾を捨てて逃走に入りはじめた。だがその時、新たに編隊長となった5番機の機長は、目の前に数機の飛燕、そして別働隊のBf109G-6の編隊がいることに気づきゾッとした。

「加速して突破しろ!」

 たった1機の飛燕に翻弄されたのに、さらに数機の飛燕がいたのでは話にならない。良く見ればそれが飛燕ではなく、マッキMC.202CBだとわかるが、混乱したこの状況では見分けはつかない。

『Bf109G-6だって高高度戦闘は出来るんだよ!』

 Bf109G-6の諸元性能の運用最高高度は11800メートル。ホルテンHo229の今の飛行高度であれば、その頭を押さえる事が可能だった。パイロットの腕に依存する面が強く、最高高度で編隊を組むことは不可能だが、個々に一撃を加える事は可能だった。
 加速上昇していくホルテンHo229とすれ違い様にBf109G-6の編隊は、ホルテンHo229に打撃を加えて数機を撃墜した。しかし、編隊の半数近くが上空へと逃げ去っていった。

「機体に馴れていれば、もう少し狩れたか……」

 普段感情をあまり表に出さない京一は、珍しく唇をかむようにして悔しさを表に出していた。だが、逃げた怪鳥を追っていく機動力はない。
 頭を切り替えた京一は、すぐさま眼下で繰り広げられ続けている戦闘機同士の戦いに眼を向けた。

 一方、革命軍側のYak1戦闘機群の中に標的を見つけたリディアは、眼を血走らせて叫んでいた。

「今度こそあんたを墜とす! シェスタコフ少佐!」

『リディア。落ち着いて!』

 エカテリーナの制止の声も聞かず、再びリディアはYak-1bを加速させた。

『冷静さを失った者は墜とされる。同志リトヴァク、貴様は前回の教訓を活かせない愚か者か?』

 ソ連正規軍回線を使ってシェスタコフ少佐が話しかけてきたが、リディアはそれに応えず、襲いかかった。

『教育は一度だけだ。愚かな教え子はいらん』

 シェスタコフ少佐機は機体を横に流してリディアの砲撃をかわしていく。そしてリディアを小馬鹿にするようにフワリフワリと機体を動かし、さらに放たれた砲撃をかわした。

「あたしを舐めているのはあんただろ!」

『なに!?』

 リディアの言葉に背後を見たシェスタコフ少佐。しかし、そこに見える機影はリディアのYak-1bのみだった。

『下か!?』

 咄嗟に操縦桿を引いたシェスタコフ少佐。間一髪の差で、下面から攻撃をしてきたエカテリーナの砲撃を回避した。

『くそっ!』

 急上昇して振り切り、感情的なリディアを始末する方が早いと判断したシェスタコフ少佐は、さらに機を加速させた。その瞬間、彼の目に上空から迫る飛燕の姿が映った。

『もう一機いるだと!?』

 あわてて切り返して逃げようとした機体に、リディアのYak-1bが容赦ない砲撃を加えた。

「利子付きで借りは返す!」

 機体から激しくパーツが飛び散り、エンジンから火が吹き出す。その直後、被弾した燃料タンクが爆発し、シェスタコフ少佐の機体はパイロットの脱出前に爆散した。

『やったあああああっ!』

 無線からエカテリーナの歓声が聞こえてきた。
 リディアの眼にも涙が浮かび上がったが、軽く頭を振った彼女は、オープン回線に切り替え、無線で怒鳴りつけた。

「余計なマネしてさ! あいつはあたしの獲物だって言っただろ!」

『私は一発も撃ってない。ただ護衛機を墜とそうと下に降りてきただけだ』

 相変わらず冷静な京一の返事に、リディアは小さく舌打ちした。

「相変わらずスカした野郎だね。日本人ってヤツはさ!」

 その瞬間、リディアの脇を飛んでいたエカテリーナの機体が被弾し、失速した。

「え? なに……なんで!」

被弾して炎を上げる機体からパイロットが脱出するのが見えた。
煙を上げて墜ちていくYak-1bの向こう側に、恐ろしい勢いで接近してくる黒い機体をリディアの眼が捕えた。それは、ドイツ軍の黒い燕――Me262A-0シュヴァルベ先行試作生産型ジェット戦闘機。

『討たれる準備は出来ているか? ヤーパン』

 無線から流れてきた声は、ノヴォトニー少佐のものだった。