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オスト・フリューゲル 第12話:太陽を狩る燕 2018-01-15 16:13




 ソレが横切った直後、風圧で機体がよろめくのを京一は感じた。
 黒い燕――Me262A-0の圧倒的な速さに京一は我が目を疑った。

『討たれる準備は出来ているか? ヤーパン』

 無線から流れてきた声は、ノヴォトニーのものだった。

『東の片隅の三等民が欧州の空で死ねる事を誇りに思え!』

 高圧的なノヴォトニーの言葉に応えず、京一は冷静にその軌道に目を向けた。
 速度差がありすぎる敵をどうあしらう?

『キョウイチ聞け! そいつとお前のヒエンは相性が悪すぎる! 共に同じ設計思想で作られた戦闘機だ。格闘戦は向かない。ひたすら逃げろ!』

「無理だ。速度差がありすぎる。逃げれば背後を取られる」

 仮に反転逃亡しても、この速度差では追いつかれて背後を取られるだろう。そうなったら勝ち目はなくなる。
 Me262A-0は、急降下からの一撃離脱でエカテリーナの機体を撃墜していた。Yak-1bを一撃で撃墜した以上、かなり威力のある機関砲を備えている事はわかる。しかし、パイロットが脱出する時間はあった。つまり、高威力だが照準が甘い機関砲と推測できる。
 日本人の京一を馬鹿にする発言をする以上、ロシア人のエカテリーナに情けをかけるとは思えない。
 飛燕改弐武強のモーターカノンも、決して弾道が落ち着いた砲ではない。弾が大きいために空気抵抗が高いせいだ。そのために飛燕改弐の基本搭載砲である20ミリ砲も翼に備えていた。

『どうした? その機体の牙は飾りか?』

 再び接近してきたMe262A-0のノヴォトニーの声が無線から響いた。京一は飛燕の機体を軋ませながら急速に機体を捻り上げた。Me262A-0の弾道は最接近しない限り上昇機を狙う事に向かない。それはどの戦闘機にも言えることだが、Me262A-0の機関砲はそれに輪をかけた不利さを持つと予測した結果の行動だった。
 さらに妙なことに、Me262A-0から弾を渋っている様子が窺えた。

 ――つまり、装弾数が少ないと言うことか……。

 しかし30ミリ砲だ。掠めるだけで飛燕など撃墜されてしまう。
 飛燕には向かないといえども細かく舵を切って逃げ回り、隙を探すしかない。
 そう、Me262A-0の旋回状況から、エンジンのパワーより、小半径旋回が苦手な事を京一は見抜いていた。
飛燕は零戦でもスピットファイアでもない。けっして格闘戦に向いた機体ではないが、事、相手がMe262A-0であれば、飛燕にできる限界の格闘戦を挑むことが正しい戦法と、様々な機体に乗ってきた航空審査部の経験から京一は導き出した。
 しかし、格闘戦を挑もうにも、Me262A-0は接敵しては瞬く間に離れていく。そのため戦いにならない。

 ――どう戦う?

 悩む京一の視界に、1機のBf109G-6が入ってきた。それは、僚機を置いてきたハルトマンだ。

『ブービも餌食になりにきたか? この機の前ではレシプロ機など赤子同然だ!』

 ノヴォトニーの無線にハルトマンは笑み混じりの声で応えた。

『ノヴィ。さっきから声に焦りが見えるぜ? 貴様の機体はあと何分保つんだ?』

『…ッ!?』

『図星か? 俺とキョウイチの二人を相手にして、いつまで燃料が保つかな?』

 Me262A-0の最大の欠点はその継戦時間の短さにある。30分程度しか保たないその短い時間から、Me262A-0は迎撃機として運営される存在だった。そのため、ポズナンの戦場には、最も近い離陸可能地まで陸送し、そこから飛び立ったのだろう。
 Me262A-0が出現してすでに10分が経過していた。予想通りなら残りの継戦時間は20分。帰投の燃料も考えると、実際の戦闘時間はわずかとなる。
 燃料切れを待つ。それもひとつの戦法かもしれない。しかし、ハルトマンもキョウイチも、ただひらすらにそれを狙うつもりはなかった。

 ――私を煽って焦らせるつもりが、逆にハルトマンに煽られたということか……。
 そんな弱点を聞けば京一にも戦い方はある。
 京一は誘いをかけ、煽るように機体を踊らせた。そこにノヴォトニーが食らいつくや、MW-50でブーストをかけ、わずかに射線を逸らしてギリギリで攻撃を回避する。苛立つことこの上ない戦法だった。さらに隙を窺ってハルトマンが急降下をかけてくる。
ノヴォトニーは敢えてこの機を選んだ自分を呪った。Fw190であれば、この状態からでもいくらでも立て直しは出来た物をと――

『だが、貴様らにこの機は墜とせん!』

 まずは目障りな京一を叩くというように、ノヴォトニーは激しくスロットル操作を行い、飛燕の小刻みなターンに対応していく。対する京一は機体に無理をさせ、その機体を軋ませながら、飛燕ではあり得ない軌道を描かせて戦場を疾駆していた。
 互いに機体に無理をさせる飛翔を続けていく、このほんの僅かな飛行の間に京一はMe262A-0の弱点を次々と曝いていた。なによりも、ターンを重ねる毎に、その圧倒的な速度差が落ちてきていた。エンジンの回転数が落ちると、その推力を取り戻すのに時間がかかる事が推測できた。
飛燕でも負けない戦いはできると京一は確信しつつ、機体に負担をかけながら、その瞬間を狙ってターンを繰り返していく。
再びハルトマンが一撃離脱で上空から、さらに今まで上昇するのに時間をかけていたのか、この時を狙っていたかのように、リディアのYak-1bも同時に襲いかかってきた。

『あたしをのけ者にするなああああっ!!』

機影を確認した瞬間、ノヴォトニーはスロットルを押し上げた。が、これまでの負荷に不満を漏らすように、Me262A-0のエンジンはフレームアウト(燃焼停止)し、失速した。

『バカな!?』

 上空から飛来するBf109G-6、そして切り返してきた飛燕の姿にノヴォトニーは歯ぎしりした。

『独りでは死なん!』

 Me262A-0の30ミリ機関砲が正面からくる飛燕に火を吹いた。ほぼ同時に飛燕とBf109G-6、Yak-1bの機関砲が砲声を轟かせた。
 30ミリ弾は飛燕の脇腹を掠め引き裂いた。三方から交差するように放たれた砲弾は、Me262A-0の翼を貫き、胴体を穿ち、コクピットを打ち砕いていた。

「ノヴィ……あんたの負けだ」

 ハルトマンの言葉に、黒煙を上げて墜ちていくMe262A-0から返信はなかった。

「大金星だな、キョウイチ。こっちに来るのに、やたら燃料を使っちまったから、機体が腹減ったと喚いているよ。帰ったらコイツと俺に一杯ずつおごれよ」

『エカテリーナの分も忘れないでよね!』

『帰投できたら……瓶でおごろう』

「なに?」

 横腹を30ミリ砲で引き裂かれたとはいえども、飛燕は基地に戻れない損傷ではない。ハルトマンからもわかるのだから、搭乗している京一にわからないはずはない。あるいは負傷したか?

『怪鳥が戻ってきた』

「なんだと?」

 振り向いたハルトマンの目に、追撃を逃れたはずのホルテンHo229の姿が映った。

 ただ一機だけ、飛行機雲を引いてポズナン方面に向かっていた。

「貴様らの負けだ! 今さらなにをする!」

『負けか……。確かにノヴォトニー少佐も失った今、革命軍は打撃を受けた。だが、ノヴォトニー少佐のおかげで、貴様らは低高度に張り付いた。この一発で、すべてを終わらせてやる。基地ではなく、ポズナンそのものを破壊すれば、貴様らの補給線は断たれる』

「たった一機の爆撃で都市破壊など不可能だろうが! ハッタリはやめろ!」

『はっはっはっは……。ハッタリかどうか、そこで座してみているがいい。新型爆弾の輝きをな!』

「一発で……? まさか!?」

 ハルトマンの脳裏を、爆撃隊が噂をしていた高性能都市破壊爆弾――原爆――の存在が過ぎった。

『これで貴様らの基地を破壊するつもりだったが、革命に同意しない民衆など、この世に必要ない!』

 ハルトマンは高度をあげようとスロットルを上げたが、加速が鈍く、上昇の蹴り脚が遅い。このままでは10000メートルまで駆け上げるのに、どれほどかかるのかわからない。
 ハルトマンのBf109G-6よりもわずかに上にいた飛燕もまた、同じように加速が苦しいはず。このままではどうにもならない。
 その時、飛燕はMW-50のブーストをかけて駆け上がりはじめた。

「無茶だ! それは長時間ブーストをかけられない!!」

 MW-50を使ったブーストは、エンジンに対する負荷が大きく、使用は短時間に限られ、連続使用も禁止されている。まして上昇加速に使うなど以てのほかだった。

『ハルトマン。技術者たちを必ず日本へ』

「貴様、なにを!」

 いつ空中分解してもおかしくない加速で飛燕は舞い上がった。

『ハ140では、こんな芸当はできなかったな。ドイツの技術者たちに感謝を』

 ハルトマンの視線の先で、飛燕は身を捩るように上昇いていく。

 そして爆撃するために減速したホルテンHo229に追いつき、その機体の腹を食い破るように突っ込んだ。

 日本本土の同胞を護るためにB-29に特攻した飛燕たちと同じように――

 飛燕を腹に食い込ませたホルテンHo229は失速し、地上軍が展開しかけていた農耕地に墜落し、閃光を放って爆散した。

 目を灼くような輝きにハルトマンとリディアは目を逸らし、あわてて舵を切った。

「あれが……新型爆弾の破壊力……」

 もうもうと湧き上がるキノコ雲を目にしたハルトマンは、その破壊力にゾッとするものを感じた。それは戦闘者の技術も駆け引きも無視して大量に人を焼き殺す爆弾。騎士の時代の終焉を告げる武器に思えた。

「ありがとう……戦友」

 身を挺してポズナンを護った京一と飛燕に向かって、ハルトマンとリディアは長い敬礼を捧げた。

 東方から翼を携えてやってきた戦友。その旅に疲れて墜ちる燕のように、彼はその故郷に戻ることなく愛機と共に欧州の空に消えた。
 誰かが彼の名前を口に出すと、鬼神と呼ばれたルーデルまで黙礼を捧げたという。
 そしてハルトマンは、空を舞う燕を見つけるたびに、こう語りかけた。

「元気か? 戦友。いずれ私もそこにいくよ。その時は、共にまた空を飛ぼう」