歴史の1ページ(1月)

今月の歴史の1ページでは、レニングラードやカフジ、フィリピンや東プロイセンなどの出来事の渦中に身を置くことになります。これらの歴史的な戦いで使用された兵器を駆使してバトルに参加し、報酬を獲得しましょう!
1月1日から1月31日までの間、1つずつ完了可能な計8個のタスクをご用意しました。各タスクを完了すると報酬が含まれたトロフィーを獲得でき、全タスクを完了するとユニークなゲームプレイヤーアイコンを獲得できます。 |
| ピョートル・ピリュートフは、第二次世界大戦を戦い抜いたソ連のエースパイロットです。彼は合計で74回の航空戦に参加し、敵機を15機撃墜しました。ピョートルはレニングラード戦線で戦い、包囲された都市の防衛に従事しました。1943年2月10日、包囲が突破された直後、ピョートルはソ連邦英雄の称号が授与されました。戦後、彼の名前はミュージアムのジオラマ「レニングラード包囲網突破」で不朽なものになりました。 |
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下記手順により、2月3日(火)20:30(JST)まではタスクを完了しなくともゴールデンイーグルの使用によりプロフィールアイコンを直接購入することができます:プロフィール→達成→Pages of History:歴史(1月) |
各タスクの報酬とトロフィー
タスクを完了すると、下記いずれかの報酬を含むトロフィーを獲得することができます:
その他
下記手順にて、各日のタスクや詳しい説明、および全体的な進捗状況を確認できます:プロフィール→達成→Pages of History:歴史(1月)
カレンダー
1月1日から1月4日まで
ボーデンプラッテ作戦
1945年1月1日の朝、ドイツ空軍は最後の大規模作戦を実行しました。連合軍の飛行場に対して戦闘爆撃機による大規模な攻撃を仕掛け、制空権の確保を図りました。この作戦は秘密裏に実行されましたが、味方の対空砲兵がドイツ機を複数回撃墜する事態も発生しました。連合軍は損失から迅速に回復した一方で、ドイツ空軍はパイロットを大量に失い、終戦まで戦力を立て直すことはできませんでした。
1月4日から1月7日まで
ナスル作戦
1981年1月5日、イラン軍は、十分な偵察、工兵支援、歩兵との連携なしに自国を侵略したイラクの機械化旅団の包囲を試みました。その一方でイラク軍はこの作戦を自前に察知しており、イラン軍を罠に誘い込むことで容易に撃破することができました。
1月8日から1月11日まで
ルソン島の戦い
1945年1月9日、アメリカ軍は絶え間ない特攻攻撃を受けながらも、フィリピン列島で最大なルソン島への作戦を開始しました。17万5千人の兵士がルソン島に上陸し、日本軍の駐屯地に対して攻撃を開始しました。マニラは3月上旬までに解放されましたが、戦闘は8月15日の日本の降伏宣言まで続きました。
1月12日から1月15日まで
ブラックコック作戦
1945年のライン渡河作戦の準備の一環として、連合軍は「ルールモント三角地帯」の掃討作戦を実施しました。連合軍は損失をほとんど出さずにゆっくりと前進し、1月末までに2週間後足らずで目的を達成しました。
1月16日から1月19日まで
レニングラード包囲戦の突破
1943年1月18日、イスクラ作戦によりレニングラードの包囲網が突破されました。「命の道」と呼ばれていた氷上ルートに代わる陸路が開通したことで、同市は国内と再び繋がることができました。2月6日には最短で建設された鉄道で列車の運行が開始され、レニングラードへの物資供給量は飛躍的に増加しました。
1月20日から1月23日まで
アンツィオの戦い
1月22日、連合軍はティレニア海沿岸で大胆な水陸両用作戦を実行し、アンツィオのモンテ・カッシーノにある難攻不落の要塞の背後へ上陸しました。しかし、彼らは奇襲の利点を活かすことができませんでした。敵の背後から進撃するのではなく、陣地構築を始めたのです。その結果、ドイツ軍はアンツィオの連合軍を容易に包囲し、砲撃を続けました。この状態は、ローマ陥落によってドイツ軍が撤退を余儀なくされる夏まで続きました。
1月24日から1月27日まで
ハイリゲンバイル・ポケット
1945年冬の終わりに赤軍が実施した作戦の結果として、ドイツ国防軍第4軍は東プロイセンのブルンスベルクとハイリゲンバイルの町近郊で包囲されました。3月末の攻勢の結果、同軍は完全に壊滅しました。
1月28日から1月31日まで
カフジの戦闘
1991年1月30日から31日にかけて、ペルシャ湾岸戦争はサウジアラビア領内にまで拡大しました。30日、イラク軍は国境近くの町カフジを占領しましたが、多国籍軍は制空権を確保していたため、24時間以内にイラク軍を追い出すことができました。イラク軍は、クウェートへ撤退する過程で数十台の装甲車両を失いました。
The War Thunder Team
