
どうも皆さん!4月も皆さまのために史実的なデカールをご用意しました。3月のコレクションはお楽しみいただけましたか?今月は、レアなものから人気のある記章まで、実にバラエティ豊かなデカールを取り揃えました。要望の多かった中国の「超過制限標識」を追加したほか、史上最もアメリカらしいと言っても過言ではない「イーグル中隊」のステンシルを復刻できたことを嬉しく思います。これを目にすれば、思わず「イーハー!」と叫びたくなることでしょう。今後もぜひフォーラムにて、新しい記章のアイデアをお寄せください。毎月のイベントに採用できそうなものを定期的に確認しています。それでは、今回のコレクションをお楽しみください!
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4月13日(月)20:00(JST)から5月13日(水)18:00(JST)まで、下記のデカールを獲得可能です。
各タスクは、ランクIII以上の兵器を使用することで達成できます。
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新デカール

イタリア 第51飛行隊「警戒せよ、私はここにいる(Cave Adsum)」の記章
イタリアの航空機を使用して、爆弾で敵プレイヤーを20回撃破する |
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フィンランド 2./Le.Lv.12の記章
スウェーデンまたはフィンランドの航空機を使用して、敵プレイヤーを40回撃破する |

中国 「超級超限(Super Over-Limit)」の標識
中国の地上車両を使用して、15,000スコアを獲得する |
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イスラエル 碑文「クフィル(Kfir)」
イスラエルの地上車両を使用して、10回勝利する |
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日本 第202飛行隊の記章
日本の航空機を使用して、60%以上の戦闘貢献率でバトルを20回プレイする |
第51飛行隊「警戒せよ、私はここにいる(Cave Adsum)」の記章
イタリア王立空軍 第38陸上爆撃航空団 第39陸上爆撃群 第51飛行隊の記章。第51飛行隊のこの滅多に見られないマーキングは、1941年の夏に同飛行隊がアルバニアに駐留していた間のわずかな期間にのみ登場しました。このマーキングの起源については背景がほとんど知られていませんが、第39群に属する両飛行隊(第51および第69)は似た記章を使用していたとされています。ただし、それに関する資料は限られています。「Cave Adsum」という碑文は「警戒せよ、私はここにいる(Beware, I am here)」と訳され、スコットランドのジャーディン氏族(Clan Jardine)のモットーとして初めて記録されています。イタリアの飛行隊がモットーや記章にドラマチックなラテン語や古典的なフレーズを借用するのは一般的であったため、この飛行隊とジャーディン氏族の間に直接的な関係はないと思われます。この記章は飛行隊の爆撃機全体に塗装されたわけではなく、機体番号3のBR.20Mの1機にのみ描かれていました。尾翼の外側上部、前縁に近い場所に塗装されていました。
2./Le.Lv.12の記章
フィンランド空軍 第12飛行隊 第2小隊の記章。第12飛行隊は、冬戦争の開戦時から活動していた比較的小規模な偵察部隊でした。同飛行隊は、グロスター グラディエーター、ホーク 75A、そして主にフォッカー D.XXIなど、少数の一世代前の機体を運用していました。継続戦争中の1942年から1943年にかけて、同飛行隊のフォッカーには、蹴りの構えを見せるジト目のロバの記章が描かれていました。戦時のフィンランド空軍のマーキングにはユーモアやコミカルな要素が含まれることが多く、このロバはその典型的な例です。第2小隊のフォッカー戦闘機の胴体両側、コックピットのすぐ前に塗装されていました。
「超級超限(Super Over-Limit)」の標識
PLA(People's Liberation Army:中国人民解放軍)の「超級超限(Super Over-Limit)」の標識。輸送中のPLAのAFV(Armoured Fighting Vehicle:装甲戦闘車両)ではかなり一般的な光景であり、この標識はさまざまな形で多種多様な装甲車両に貼られているのが見られます。事実上、これは鉄道輸送用の貨物指定標識であり、対象物(この場合は車両)が標準の輸送重量を超過しているため、移動時に特別な注意が必要であることを示しています。輸送後もしばらくの間、車両に標識が貼られたままになっていることが多く、その民間寄りの性質にもかかわらず、中国の戦車マーキングの中で最も認知度の高いものの一つとなっています。この標識にはいくつかのバリエーションが存在し、貼付位置は標準化されていません。砲塔の側面や車体の側面など、最も目立つ場所に貼り付けられていることがよくあります。
碑文「クフィル(Kfir)」(1992年)
イスラエル国防軍の碑文「クフィル(Kfir)」。イスラエル軍の車両にパーソナルマークが描かれることは一般的に珍しく、そのほとんどが一時的なものか目立たないものです。1990年代、戦車兵たちは自分の車両にニックネームを付けることが許可されていました。乗員には名前を選ぶ自由が与えられていましたが、多くの車両が同じようなニックネームになり、当時の複数のメルカバ戦車にはクフィル(Kfir)、ハマー(Hammer)、オーク(Oak)などの名前が見られました。これらのニックネームは主に演習中のみ許可されており、戦闘時には消去され、必要な戦術マーキングだけを残さなければなりませんでした。「Kfir」は「若獅子」を意味する、若さと力強さを兼ね備えた人気のある名前です。このステンシルの例は、1992年にメルカバMk.2に描かれたもので、前から3番目と4番目のサイドスカートに配置されていました。
第202飛行隊の記章
航空自衛隊 第202飛行隊の尾翼マーク。同飛行隊は1964年3月31日に編成され、F-104スターファイターを配備していました。1980年12月20日に解隊されるまでこの編成で運用されていましたが、その翌日の12月21日には日本初のF-15飛行隊として再編成されました。この新しい飛行隊の記章は、古墳周辺でよく見られる素焼きの葬送用人形である埴輪(はにわ)の武人というユニークなものでした。この記章は、同飛行隊が拠点としていた新田原基地に近接する西都原古墳群から着想を得たものです。西都原古墳には武人埴輪が出土していないため、記章の元となった正確な武人埴輪は不明です。おそらく平和台公園の「はにわ園」にある像の1つから着想を得たものと思われますが、東京国立博物館に所蔵されている挂甲(けいこう)の武人埴輪にも類似しています。埴輪は国家の永遠の守護者と見なされており、飛行隊のマーキングにふさわしいとしてこの記章が選ばれました。2000年10月3日に解隊されるまで、同飛行隊のF-15戦闘機の尾翼中央に塗装されていました。
復刻デカール

アメリカ 第3装甲騎兵連隊 第2大隊 E中隊の記章
アメリカの地上車両を使用して、1~5位でゲームを5回終える |
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オーストラリア「ピストル・パッキン・グレムリン(Pistol Pakin’ Gremlin)」の記章
イギリスまたはオーストラリアの航空機を使用して、1~3位でゲームを3回終える |

ロシア 第133戦車師団のバッジ(1995年)
ソ連の地上車両を使用して、敵プレイヤーを50回撃破する |
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ドイツ 第3高速艇部隊「ウミヘビ(Seeschlange)」の記章
ドイツの「小型艇:沿岸警備(Coastal Fleets)」を使用して、20,000ダメージスコアを獲得する |
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フランス 第28F海軍航空隊「オオカミの頭(Tête de Loup)」の記章
フランスの航空機を使用して、地上または水上目標を30回撃破する |
第3装甲騎兵連隊 第2大隊 E中隊の記章
アメリカ陸軍 第3装甲騎兵連隊 第2大隊 E中隊(イーグル中隊)の記章。2010年の「ニュー・ドーン作戦」で展開する前、イーグル中隊はこの古典的なステンシルデザインをAFV(Armoured Fighting Vehicle:装甲戦闘車両)に描いていました。この記章は、ワシの頭と「E」の文字を巧みに組み合わせたもので、展開前のエイブラムスやブラッドレーで見ることができました。この作戦は支援を主目的としており、過去の展開時のような戦闘任務ではなく、戦車は予備的な役割を担っていました。このマーキングは、戦闘識別パネルの下の砲塔側面に描かれていました。この配置は、必要に応じてマーキングを素早く隠すことができる典型的なものでした。
「ピストル・パッキン・グレムリン」の記章
オーストラリア空軍 第93飛行隊「ピストル・パッキン・グレムリン」の記章。このユーモラスなマーキングの正確な起源は不明ですが、当時のいくつかの要素が組み合わさっており、その背景を読み解くことができます。碑文は、第二次世界大戦中に大ヒットし、連合国のパイロットや軍人たちに愛されたアル・デクスターの楽曲「ピストル・パッキン・ママ(Pistol Packin' Mama)」にちなんだものと思われます。航空機に関連する「グレムリン」とは、航空機の故障を説明するために生み出された小悪魔のような架空の生き物です。原因不明の故障や事故が起きると、しばしばグレムリンのせいにされました。第93飛行隊は「グリーン・ゴースト(緑の幽霊)飛行隊」としても知られており、グレムリンとのつながりはさらに相応しいものでした。このマークは、ボーファイター Mk.21(SK-N A8-116)の尾翼に描かれ、グレムリンの上げた足は垂直尾翼と方向舵が交わる棚の部分に乗っていました。皮肉なことに、このマーキングが施されたボーファイターは、右エンジンの原因不明のオイル漏れによる不時着の結果、除籍されてしまいました。
第133戦車師団のバッジ(1995年)
ロシア連邦 第133独立親衛戦車大隊の記章。この部隊の起源は1943年に創設された第482独立戦車大隊まで遡ります。第二次世界大戦からその後にかけて、部隊名や編成は何度も変更され、さまざまな連隊や師団に配属されました。この記章は、同大隊がチェチェン紛争に参加した後に作られたもので、紛争当時、同大隊はT-80BV戦車をはじめ、いくつかのBMPモデルや2S1自走榴弾砲を配備していました。バッジの山々は、大隊が戦ったコーカサス山脈を表しています。バッジに描かれている戦車がT-80のような近代的なものではなく、T-55である理由は定かではありません。先代の戦車兵たちへの敬意を表したものか、あるいは単に芸術的な理由だったのかもしれません。下部の文字「ЛЕНВО(LenVO)」は、大隊が駐屯していたレニングラード軍管区の略称です。公式には、この記章はバッジやワッペンとしてのみ使用されており、部隊の車両に日常的に描かれていたことを示す証拠は限られています。
第3高速艇部隊「ウミヘビ(Seeschlange)」の記章
ドイツ海軍 第3高速艇部隊の記章。第3高速艇部隊のすべての艦艇は、グループ内の各艦を素早く識別するためのやや難解な方法として、艦体の側面に海の生物を描いていました。「ウミヘビ(Seeschlange)」は初期の5隻のうちの1隻であるS33のもので、第二次世界大戦をほぼ生き延びました。1945年1月10日の夜、航法ミスによりS33、S58、S60はアドリア海のウニエ島沖で座礁しました。その後数日間にわたり何度も救助活動が行われましたが、艦は完全に身動きが取れなくなりました。数日後の1月16日の朝、これらの艦艇はイギリスの砲艦と魚雷艇による攻撃を受けました。攻撃中、イギリスの魚雷がS33から数メートルの距離で爆発し、艦体を粉砕して甚大な被害を与えました。最終的に、イギリス軍の57mm砲の命中によりS33は炎上し、その火が魚雷に引火して致命的な爆発を引き起こしました。第3高速艇部隊の他のすべての艦と同様に、ウミヘビはS33の艦体の両側、艦橋に隣接して描かれていました。
第28F海軍航空隊「オオカミの頭(Tête de Loup)」の記章
フランス海軍航空隊 第28F海軍航空隊の記章。第28F海軍航空隊は、既存の第8海軍航空隊(8F)を再編して1953年6月に創設されました。インドシナでPB4Y プライヴァティアを運用し、インドシナ戦争中の爆撃任務に定期的に参加して、さまざまな戦果を上げました。この部隊の記章は、何年も前の1920年代半ばに前身である第5飛行隊(5R1)によって作成されました。当時、同飛行隊はブランチャード Brd.1飛行艇を運用していましたが、パイロットからの評価は非常に低いものでした。その信頼性の低さから、「失敗する」や「台無しにする」を意味する動詞「louper」に由来する「loups(オオカミ)」という不名誉なニックネームが付けられました。時が経過し、機体が改良されるにつれて、オオカミのモチーフはより肯定的な意味合いを持つようになり、誇り高き部隊の記章となりました。部隊の歴史の中でオオカミの頭には多くのバリエーションが使用されましたが、8Fと28Fの記章はほぼ同じで、唯一の違いは28Fの方が金色の縁取りが太く、オオカミの毛羽立ちがわずかに少ない点でした。この記章は、同飛行隊のPB4Yの機首両側面に、オオカミの頭が前方を向くように描かれていました。
月間マーキングは、カスタマイズメニューの下部にある特別タブ(月間デカール)で確認できます。1か月が経過すると、対応するカテゴリーに移動します。
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これらのデカールの正確な条件の確認とタスク完了までの進捗状況は、プレイヤープロフィール > デカール > 月間デカールにアクセスすることで確認できます。 そこから、各デカールの「進捗状況の確認」ボタンをクリックすると、格納庫から進捗状況を追跡できます。
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すべての記章には、詳細な概要が付随します。これには、マーキングの歴史、デザイン、使用された機体、そして該当する場合には歴史的に機体のどこに配置されていたかなどが一般的に含まれます(一部の記章は、必ずしも機体に貼付されていなかったバッジから採用されています)。これにより、お好みで元の配置をより簡単に再現することができます。
今回は以上です!皆さまに向けて新たなサイドクエストをご用意しました。4月のデカール収集をお楽しみください。引き続きご意見やご提案をお待ちしております。それでは、また次の月間デカールでお会いしましょう!
The War Thunder Team