
どうも皆さん!5月も半ばに差し掛かりましたが、今回も史実的なデカールの新たなラインナップをお届けできることを嬉しく思います!盾、絵画、碑文、バッジなど、盛りだくさんです!特に、希少なフランスのピンナップ「BBガール」や、私たちのデカールアーティストの一人であるFenrisによって見事に再現された、エースパイロットであるヴァシリー・イサエフの非常に緻密なノーズアートがお気に入りです。
ゲパルトに関する注意点として、現在のところレーダー部分はデカール非対応となっているため、レーダーにデカールを貼ることはできません(スクリーンショットではスキンに直接適用しています)。将来的には、レーダーにもデカールを貼れるようにモデル部分を修正する予定です。
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5月13日(水)20:00(JST)から6月11日(木)18:00(JST)まで、下記のデカールを獲得可能です。
各タスクは、ランクIII以上の兵器を使用することで達成できます。
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新デカール

アメリカ 碑文「民主主義の配達人(Democracy Deliverer)」
アメリカの地上車両を使用して、1~3位でゲームを3回終える |
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フランス ピンナップ「BBガール」
フランスの航空機を使用して、1~5位でゲームを5回終える |

ソ連 ヴァシリー・イサエフのパーソナルマーク
ソ連の航空機を使用して、敵プレイヤーを50回撃破する |
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日本 碑文「いかづち」
日本の「大型艦:外洋海軍(Blue-Water)」を使用して、20,000ダメージスコアを獲得する |
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ドイツ 第6防空教導連隊の記章
ドイツの地上車両を使用して、航空機を30回撃破する |
碑文「民主主義の配達人(Democracy Deliverer)」
アメリカ陸軍の碑文「民主主義の配達人(Democracy Deliverer)」。戦車に名前を付ける習慣は100年以上前からあり、新しい世代の戦車兵がその役割を担うにつれて、ポップカルチャーを取り入れることがよくあります。第一次および第二次世界大戦では戦車の命名は標準化されていませんでしたが、現代では、乗員が選択できる名前に多くの制限が設けられています。現在、一部の連隊において戦車に名前を付けることは、優秀な成績を維持し続けている乗員にのみ与えられる特権となっています。名前は中隊の構成に従うことも多く、A中隊の戦車はAで始まる名前を持ちますが、これは厳密なルールではなく、定期的な例外も見受けられます。新しい世代の戦車乗員がステップアップするにつれて、ゲームや人気メディアに関連する名前がよく見られるようになり、「民主主義の配達人(Democracy Deliverer)」はその良い例です。これは、排煙器の前方、M1A2 SEP V2の砲身に描かれていました。
ピンナップ「BBガール」
フランス空軍 第2飛行訓練飛行隊「アンリ・ジャンデ(Henry Jeandet)」のピンナップ「BBガール」。ピンナップ風のノーズアートは主にアメリカの習慣であったため、フランス空軍では比較的珍しいものでしたが、散発的かつ一時的に見られることはありました。このピンナップは、当時ポール・バーランド(Paul Barland)軍曹が操縦していた、コードBBのMD.450 ウーラガン 328号機に塗装されていました。1957年6月、同機がモロッコのメクネスにある第708訓練基地に駐留していたときに描かれました。ピンナップ自体は、当時非常に人気があったフランスの女優兼歌手、ブリジット・バルドーを描いたものと考えられています。これは「ブラボー・ブラボー」という機体コードとの関連性としてもぴったりですが、その関連性は未確認であり、大部分が推測の域を出ません。このピンナップはパイロットの間では人気があったと思われますが、上層部は違った見方をしていたようで、このアートは描かれてからわずか1週間足らずで消されてしまいました。これは機体の左側、最上部のガンポートの真上に描かれていました。
ヴァシリー・イサエフのパーソナルマーク
ソ連空軍 第42親衛戦闘航空連隊(42 GIAP)のヴァシリー・ヴァシリエヴィチ・イサエフのパーソナルマーク。幼い頃からパイロットになることを夢見ていたヴァシリーは、1941年にゼルノグラード軍事航空学校を卒業しました。戦時中、彼はYak-1、Yak-9、Yak-9Uを含む複数のYak戦闘機に搭乗しました。彼は軍役中に並外れた技量を発揮し、単独撃墜17機、共同撃墜4~5機を記録しました。戦後は健康上の理由で除隊しましたが、地域での奉仕活動に多くの時間を捧げ、1975年には『За чистое небо(澄み切った空のために)』という戦中回顧録を出版するまでになりました。彼のパーソナルマークは、蛇を攻撃する鷲でした。これは第二次世界大戦中にソ連のパイロットがよく用いたモチーフで、悪に対する善の勝利や、混沌を打ち破る秩序を効果的に表現しています。これは彼のYak-9Uの右舷、エンジン排気管の下に描かれていました。
碑文「いかづち」
海上自衛隊の艦体碑文「いかづち」。第二次世界大戦後、日本では艦艇の艦体に名前を描く習慣が復活しましたが、漢字ではなくひらがなが用いられました。「いかづち」は古代日本から続く長い語源の歴史を持ち、神話や兵器と結び付けられることも少なくありません。この文字は、護衛艦「いかづち(DE-202)」の艦体中央に描かれていました。同艦は、戦後の日本が建造した最初の国産護衛艦の1隻です。1956年に就役した同艦は、「いなづま(DE-203)」の姉妹艦であり、名称的にも相性抜群でした。第7護衛隊に所属して1976年まで運用された後、訓練用の保管船に種別変更され、1983年3月30日に除籍されました。
第6防空教導連隊の記章
ドイツ連邦軍 第6防空教導連隊(Flugabwehrlehrregiment 6)の記章。同連隊は1956年8月31日にシュレースヴィヒで第3装甲防空砲兵大隊として編成されましたが、1962年4月1日にリュティエンブルクへ移駐した後にその独自性を確固たるものにしました。1977年8月4日に最初のゲパルト自走対空砲を受領し、後に連隊の記章にそのシルエットが描かれることになります。中央の目立つゲパルトのシルエットの他に、左側には様式化されたカモメあるいは波が描かれていますが、これは北方にバルト海が近接していることに由来します。右側の建造物は失われたリュティエンブルク城で、この地域の元々の紋章の多くに影響を与えました。下部の要素は、連隊が拠点を置いていたシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州に関連しています。ここには、彼らの紋章色(青、白、赤)、シュレースヴィヒのライオン、ホルシュタインのイラクサの葉が含まれています。連隊は2012年5月に解隊されるまで活動しました。展示されている連隊のゲパルトの1両は、追尾レーダーにこの記章が塗装されていました。
復刻デカール

イギリス 第34機甲旅団の記章(1944年)
イギリスの地上車両を使用して、15,000スコアを獲得する |
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中国 第28戦術戦闘飛行隊の記章(後期)
中国の航空機を使用して、バトルに10回勝利する |

イタリア ソミュア戦車大隊の記章
イタリアの中戦車を使用して、敵プレイヤーを40回撃破する |
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ノルウェー ナルヴィク大隊の記章
スウェーデンの地上車両を使用して、60%以上の戦闘貢献率でバトルを20回プレイする |
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アルゼンチン 第8戦闘航空群の記章(後期)
航空機を使用して、ミサイルで敵プレイヤーを30回撃破する |
第34機甲旅団の記章(1944年)
イギリス陸軍第34機甲旅団の記章。第34旅団は1941年12月1日にいくつかの中小規模な連隊から編成され、チャーチル戦車が配備されていました。当初、その記章は典型的な黒と青の砂時計型でしたが、ノルマンディー上陸作戦の前に第2軍の盾のマークを採用しました。その後間もなく、夏の終わりに、鎚鉾と盾が旅団の独自の記章として考案されました。赤と黄は、王立機甲軍団(RAC)の公式カラーとして採用された騎兵隊の色を表しています。装甲で覆われた手袋は、エイブラム・ゲームズ(Abram Games)がデザインしたRACの帽章から取られており、鎚鉾と組み合わせることで打撃力と防御力を見事に表現しています。この旅団のチャーチル戦車は、通常は車体前面装甲の中央や下部装甲の端付近など、いくつかの場所にこの記章を描いていました。
第28戦術戦闘飛行隊の記章(後期)
中華民国空軍 第28戦術戦闘飛行隊の記章。同飛行隊は1936年8月10日に設立され、1943年には中米合同航空団 第3戦闘航空群に加わりました。ドラゴンとシルクハットは中国とアメリカのシンボルを組み合わせたもので、赤い目蓋には第3戦闘航空群を表す数字の「3」が巧みに組み込まれています。大戦中は主にP-40とP-51に搭乗し、その後F-86とF-104へと移行しました。後者のF-104は40年近く運用されました。この記章は主にパッチとして使用されていましたが、同飛行隊が運用した一部のF-104 スターファイターの尾翼にも塗装されていました。
ソミュア戦車大隊の記章
イタリア王立陸軍 第131戦車歩兵連隊 第200ソミュア戦車大隊 第2中隊の記章。同中隊は1941年6月15日に鹵獲したフランスのS.35戦車で編成され、その活動の大部分はサルデーニャ島での防衛駐屯任務にあてられました。金と銀の象の記章は特に興味深く、古代の紋章学と関係している可能性があります。古い紋章学の論文には、騎士が勇気の象徴として金と銀の象を採用したと記されています。騎士が敵の命を救った場合は銀の象を、敗北した敵が騎士に自由の恩義を受けた場合は金の象を選ぶことができたとされています。ただし、第1中隊の記章は簡素な白いサイであったため、この関連性は偶然である可能性もあります。当初は単一の白い象が記章として意図されており、金のバージョンは単に目立ちにくかった初期の試みだったのかもしれません。この記章は、ソミュア S.35戦車の砲塔側面前方に向けて塗装されていました。
ナルヴィク大隊の記章
ノルウェー陸軍ナルヴィク大隊の記章。以前は第2大隊として知られていましたが、1940年のナルヴィクの戦いにおけるノルウェー軍の尽力を称えるため、2025年12月12日に改名されました。大隊は1953年9月1日にトランドゥムで編成され、その後現在の駐屯地であるショールに移転しました。黄金の剣を振るうグリフォンという大隊の記章は2003年に承認され、その起源はノルウェー北部のヴァイキング時代にまで遡ることができます。ナルヴィク大隊は北部旅団に属する機械化歩兵部隊であり、主に北極圏での作戦を専門としています。黄金のグリフォンの記章は主にパッチとして使用されていますが、視認性の低いグレーのバリエーションは、彼らのCV9030 IFV(Infantry Fighting Vehicle:歩兵戦闘車)の車体側面前方に向けて塗装されていました。
第8戦闘航空群の記章(後期)
アルゼンチン空軍第8戦闘航空群の記章。同航空群は1971年12月7日に第1迎撃戦闘飛行隊として編成され、1977年に第8戦闘航空群という名称を採用しました。彼らは少数のミラージュIIIEA戦闘機と2機のミラージュIIIDA練習機を運用し、フォークランド紛争に参加して主に囮としての出撃を行いました。この記章には、ミラージュに関連する多くの要素が組み込まれています。機首から伸びる赤い線は、2機の敵機を迎撃する際に音の壁を突破する様子を表しており、尾部から伸びる小さな赤い線はアフターバーナーを表しています。左側にはアルゼンチンが描かれていますが、著しく歪んでおり、これは高高度での作戦時にパイロットが見た、わずかに湾曲した景色を表しています。この後期バージョンの航空群記章には、フォークランド紛争でのパイロットの功績を称えるため、ミラージュに月桂樹が追加されています。この記章は、ミラージュ戦闘機の尾翼前方部分に塗装されていました。
月間マーキングは、カスタマイズメニューの下部にある特別タブ(月間デカール)で確認できます。1か月が経過すると、対応するカテゴリーに移動します。
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これらのデカールの正確な条件の確認とタスク完了までの進捗状況は、プレイヤープロフィール > デカール > 月間デカールにアクセスすることで確認できます。そこから、各デカールの「進捗状況の確認」ボタンをクリックすると、格納庫から進捗状況を追跡できます。
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すべての記章には、詳細な概要が付随します。これには、マーキングの歴史、デザイン、使用された機体、そして該当する場合には歴史的に機体のどこに配置されていたかなどが一般的に含まれます(一部の記章は、必ずしも機体に貼付されていなかったバッジから採用されています)。これにより、お好みで元の配置をより簡単に再現することができます。
今回は以上となります。5月のセレクションをお楽しみいただければ幸いです!現在、開発チームは次期大型アップデートに向けて鋭意制作中ですので、近日中に公開される新兵器に関する多数のニュースにご期待ください。それまでの間、今月のセットの収集をお楽しみください。6月のデカールにもご期待ください!!
The War Thunder Team