歴史の1ページ(6月)


今月の歴史の1ページでは、ノルマンディーからカレリア、リビアからリトアニアまで、さまざまな戦場で起こった出来事の渦中に身を置くことになります。これらの歴史的な戦いで使用された兵器を駆使してバトルに参加し、報酬を獲得しましょう!


6月1日から6月30日までの間、1つずつ完了可能な計8個のタスクをご用意しました。各タスクを完了すると報酬が含まれたトロフィーを獲得でき、全タスクを完了するとユニークなプロフィール背景を獲得できます。



プロフィール背景:上陸地点:ノルマンディー


ドイツは連合軍の上陸の可能性に備え、ノルマンディーの海岸にトーチカ、砲台、有刺鉄線、対戦車障害物、地雷原を構築しました。それにもかかわらず、1944年6月6日の夕方までに、連合軍が上陸した5つの海岸はすべて占領・確保されました。D-デイで戦った兵士たちの英雄的行為と勇気が、西ヨーロッパの解放と第二次世界大戦の早期終結への道を切り開いたのです。


下記手順により、7月3日(金)20:30(JST) まではタスクを完了しなくともゴールデンイーグルの使用によりプロフィール背景を直接購入することができます:

プロフィール→達成→Pages of History:歴史(6月)



各タスクの報酬とトロフィー


タスクを完了すると、下記いずれかの報酬を含むトロフィーを獲得することができます:
・3回から10回までのバトルで使用可能な20%から50%までのリサーチポイント(RP)ブースター
・3回から10回までのバトルで使用可能な20%から50%までのシルバーライオン(SL)ブースター
・3つから5つまでの汎用バックアップ
・1日間のプレミアムアカウント
・地上車両用のランダムなカモフラージュ(現在アンロック可能、またはゴールデンイーグルで購入可能なものに限ります)

その他


・タスクは20:00(JST)から各タスクの最終日の20:30(JST)まで利用可能です。
・タスクは「アサルト」モードを除いたランダムバトル内で完了できます。

下記手順にて、各日のタスクや詳しい説明、および全体的な進捗状況を確認できます:プロフィール→達成→Pages of History:歴史(6月)



カレンダー


6月1日から6月5日まで

ミッドウェー海戦


第二次世界大戦の太平洋戦域における決定的な海戦は、1942年6月4日から7日にかけて行われました。アメリカの暗号解読の専門家たちが日本の作戦計画を解読したことで、アメリカ軍は戦闘準備を整え、日本軍の不意を突くことに成功しました。日本はこの戦闘で、4隻の重航空母艦、1隻の重巡洋艦、約250機の航空機、そして多くの熟練パイロットを失いました。

6月5日から6月9日まで

D-デイ(オーバーロード作戦)


大規模なノルマンディー上陸作戦とパリ解放を含む連合軍の戦略的作戦であるD-デイは、1944年6月6日に始まりました。同時にソビエト軍は東部戦線でバグラチオン作戦を展開し、連合軍はイタリアでの進撃を続け、ドイツは戦力を広範囲に分散せざるを得ませんでした。

6月9日から6月12日まで

カレリア攻勢


1944年6月10日、赤軍はフィンランド軍に対しヴィボルグとペトロザヴォーツクの2方面から大規模攻勢を開始しました。夏の終わりまでにソ連はカレリアの支配を確立し、フィンランドを交渉のテーブルに着かせました。9月19日、フィンランドはソ連と平和条約を結び、戦争で連合国側につくこととなりました。

6月12日から6月15日まで

ヴィレル・ボカージュの戦い


1944年6月13日、ノルマンディーの戦いの最中、イギリス第7機甲師団はカーンを南西から迂回しようとしましたが、ヴィレル・ボカージュの町で突如としてドイツのティーガー戦車から砲撃を受けました。市街戦が繰り広げられ、夕方には包囲を恐れたイギリス軍が数十両もの車両を失いつつ撤退しました。

6月15日から6月18日まで

バトルアクス作戦


トブルクの包囲を解くため、エジプトからリビアへと進撃したイギリス軍の攻勢は3方面で展開されましたが、成功したのはその内1つだけでした。1941年6月15日、イギリス軍はカプッツォ要塞を奪取しました。しかし、海岸方面と砂漠方面の攻勢が失敗に終わったため、要塞は枢軸軍に包囲され、連合国は6月17日に撤退を余儀なくされました。

6月19日から6月23日まで

マリアナ沖海戦


1944年6月19日から20日にかけて、アメリカ艦隊と日本艦隊の間で、史上最後の大規模な航空母艦同士の戦いが繰り広げられました。日本軍の連携の悪さと、アメリカ軍の戦術、パイロット訓練、防空能力の優位性により、この戦いは日本の完全な敗北に終わり、日本はその後終戦までついに立ち直ることはありませんでした。

6月23日から6月27日まで

ラセイニアイの戦い


1941年、ドイツによるソ連侵攻の初期、最も激烈な戦車戦の一つがリトアニアのラセイニアイ近郊で繰り広げられました。ソビエト軍は統率が乱れ連携も乏しく、完全な敗北を喫しました。しかし、その中でも個人の英雄的行動が見られました。行動不能となった1両のKV戦車がドイツの装甲部隊の進撃を1日以上にわたり食い止め、複数の車両や対戦車砲を撃破したのです。

6月27日から6月30日まで

ブラウ作戦


1942年6月28日、ドイツ国防軍はソ連南部で2方面の戦略的作戦を発動しました。南方軍集団の一部はスターリングラードへ、もう一部はコーカサスへと進撃しました。7月24日にロストフ・ナ・ドヌーが陥落し、8月21日にはドイツのイェーガー部隊がエルブルス山の山頂へ示威的に登頂しました。しかし、8月の終わりまでには両戦線とも進撃が停滞しました。極度に延びきった補給線と燃料不足のため、ドイツ国防軍は目標の達成に失敗し、最終的にはスターリングラードで泥沼にはまり、戦略的主導権を失うこととなりました。



The War Thunder Team